第105話 王の覚悟
ゼルンバスの玉座の間では、王の意を受けて、細かく細かく天からの敵に対する手が打たれていた。
天からの敵の毒で死んだ、カリーズの者たちの惨たらしいさまは、即座にこの惑星を巡るからくりと、この惑星の街の上空を飛んでいるからくりに送り込まれた。天からの敵はこれを見て、即座に自分たちの撃ち込んだ毒によるものと信じるだろう。
毒による症状に偽りがないのだから、当然のことだ。
なにしろ、天からの敵が、自分の攻撃が有効だったと思ってくれないことには、こちらに近づいて来てはくれない。そして、近づいて来てくれないことには、どんな反撃もできない。
だから、天からの敵をおびき寄せるためなら、どれほどの犠牲を払ってもやむなしとゼルンバスの王は考えていた。
そこへ、アベルの声が再び響いた。
「天からの敵、再び火箭を100、放つようにございます」
「毒の効き目を見て、なお近寄っては来ぬとは。
敵の将は、石橋を叩いて渡らぬ奴よ。
して、今度の火箭の中身はなにか?」
「なにやら均等に、粘土のようなものが詰まっております。先ほどの、毒ではありませぬ」
王は右手を顎の下にやった。
考える時の癖ではあったが、その指先が細かく震えていた。
この惑星に住む人々すべての生命が、この1手1手の読みに掛かっている。その重圧たるや、常人の想像できる範囲のものではない。
先の攻撃を毒と見切り、それが当たっていたと判明するまでの不安感など、それだけで人の命を奪うのに十分なほどのものだ。
「……毒の次となれば、焼き尽くすが常道でありましょうな。
そもそも毒を焼き尽くさせねば、自分たちがここに来れませぬ」
大将軍フィリベールも、ぎりぎりのなかで自らの意見を述べる。王よりは軽いかもしれないが、それでもその双肩に掛かる重圧は凄まじい。
だが、臣下ではあっても戦友と言えるのは、唯一自分しかいない。フィリベールには、その自覚がある。その自覚がフィリベールをして、この場から逃げを打つのを許さなかった。
「なるほど。
では、次の火箭に入っている粘土のようなものは、この地を焼き尽くすためのものと?」
「御意」
王は、フィリベールの返事に頷いた。
「ではフォスティーヌ、この火箭が放たれたら、半数の50につき中身の粘土を召喚によって抜け。
手順は先ほどと同じ。絡み合った銅と
「100全部、抜くこともできるかと思いますが……」
フォスティーヌの進言に、王は首を横に振った。
「火箭が炎上せねば、敵が近寄って来ぬ。
残り半数のうち、魔素の吸集・反射炉のある街に落ちることが判明したものについては、即、中身の粘土の召喚を。
火箭が放たれたら、あまりに間がない。魔素の吸集・反射炉のある街に落ちることが判明するのは、炎上の一瞬前のことゆえ、このようにして確実を期したい」
「それでは……」
フォスティーヌの顔が苦悶に歪む。
「やむをえぬ。
天からの敵、ここまで用心深いとは思わなかったわ。
毒が効いている手前、先ほどと同じように岩による盾は作れぬ。
この火箭は、甘んじて受けるしかない。
また、受けねば、本当にこの地を炎上させるものかの証しが取れぬ。
だが、その炎上のさまを、すべての街について起きているように見せるはフォスティーヌ、その方の力ぞ。
頼む」
そう言って、フォスティーヌに頭を下げてみせた王の口調は、極めて重々しく、また苦々しいものだった。フォスティーヌの苦悶の表情に、彼女がその重責を理解していることを知ったからだ。
フォスティーヌも王に対し、平伏と言っていいほど頭を深く下げた。王の重責を思いやり、またそれにもかかわらず、自分に対して気を使い頭を下げさせてしまったという思いからである。
この瞬間に、数十万の人間の生命の選別が行われた。
魔素の吸集・反射炉のある街を守る選択は、魔素の吸集・反射炉のない街をいくつかとはいえ犠牲にすることを意味した。
良心が痛まないわけがない。
判断した王にしても、それを実行するフォスティーヌにしてもである。無言のうちの双方の礼は、その心情を
互いに、これで許されるなどとは思ってはいない。
この立場に立った者であれば誰でも同じ判断をする問題だとしても、だからといって免罪されるものではないことはよくわかっているのだ。
だが、せめて、背負い続けることを義務付けられた重荷を、共に背負おうという意志である。
「それより、魔素は足りているのか?」
「すでに、半分を使い果たしております」
「では、先ほどの判断に変わりはない。
残り50のうち、魔素の吸集・反射炉のない街に落ちるものは、落とせ。
クロヴィス、レティシア。
見たくないものであることはわかるが、そのさまをしかとフォスティーヌに伝えよ」
「はっ」
クロヴィスとレティシアは、言葉短く答えた。
王と魔法省の長フォスティーヌの、レティシアにとっては実の母の心情がわかるからこそである。
言葉ごときで、その心情には介入できぬと思っているのだ。
そこへ、他国の王の意志も伝えられた。
「北の隣国セビエの王より。
我が国はゼルンバスに寄り添う、とのこと」
「コリタスの王からも、同じく」
「南のカリーズより。
失われし6人の生命の報復につき、なんとしても果たされたい、とのこと」
「……そうか。
さすがに自らの国の街を差し出すとは言わぬまでも、止めせぬか」
「御意」
簡易魔素炉に手をおいた魔術師が答える。
各国の王も、一見地味な役割を振られた魔術師さえも、己の誇りと覚悟をもって自分の務めを果たしているのだ。
「天からの敵め、これより地獄に叩き堕としてやろうぞ」
「御意」
臣下が応じるのを聞きながら、王は内心で「共にな」と呟いていた。
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あとがき
共に地獄へ堕ちようと……
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