第104話 第2次戦闘終了


 戦闘艦橋C.I.C.の中で、霧が巻くというのはあってはならないことだ。

 それが意味するのは、隔壁に守られているはずの重要防御区画バイタルパートの中心、戦闘艦橋C.I.C.の気圧が急激に下がったということだからだ。

 だが、霧は生じたものの、空気の流出は止まり、気圧は維持された。


 オペレータ士官たちの目が、確認のために戦闘艦橋C.I.C.の気密ドアに走り、その背が一気に竦み上がった。

 戦闘艦橋C.I.C.の気密ドアのロック表示は緑。

 つまり、ロックは解除されていたのだ。


 ロックが強制解除され、続いてドアが押し開けられる寸前に、全エアロック開放による気圧の瞬間的低下が起きた。それによって、スイング式の弁構造の気密ドアは、吸い寄せられて自動的に閉鎖された。

 おそらく、この気密ドアの外には、敵の兵と鱗と羽の両方が生えた翼のある獣が折り重なって倒れているだろう。

 髪の毛1本ほどのタイミングで、戦闘艦橋C.I.C.はかろうじて守られたことになる。

 ダコールの指示が2秒遅れていたら、今頃全員が血の海の中で死んでいたということだ。



 内心の動揺は押し隠したものか、バンレートの落ち着いた声が響いた。

「1分経過後、全エアロック閉鎖。気圧復帰。

 気圧復帰確認後、乗組員の救助にあたれ」

 

 高真空に晒されても、人は1分では死なない。皮膚が内出血したとしても、人体はいきなり破裂したりはしないのだ。

 まして、艦上勤務ともなれば、高真空中での1分間のサバイバルは必修訓練でもある。舌の上の唾液が沸騰する感覚は、全員の共有体験なのだ。

 今回は警報もなしのいきなりの真空化だったので、何人かは対応が遅れて鼓膜が破れたりするかもしれないが、人的被害はそれで抑えられる。


 だが……。

 敵の兵も獣も、そういうわけにはいかないだろう。息を吐きながら耐えることを知らなければ、単に息を止めて耐えようとしてしまう。それが、自殺行為となることなど、知る由もない。

 いくらゲレオン准教授が寝返っていたとしても、そこまでの知識を渡せているはずもない。


 さらに、ダコールも命令を下した。

「敵兵士の身柄は拘束後、各個に確保。互いに話させるな。

 獣共々殺すな。間違っても手荒に扱うな」

 と。

 それを意外に思う者は、オペレータ士官の中にはいなかった。

 敵の種族が、こちらとは違う感覚器官を持っていると言う以上、それは生体解剖してでも突き止めねばならない。そのサンプルを傷付けるわけにはいかないのは、当然の配慮である。

 だが、巨大な獣の拘束場所には苦労しそうである。だから、ダコールはあえて無責任にも、どこに拘束するかは言わなかった。


 さらに、ダコールは続ける。

「全艦、最大戦速で惑星圏内から離脱。

 残存艦の確認を至急行え。

 また、人的被害のみの艦は、遠隔操縦による回収に全力を尽くせ。

 おそらく敵は、こちらが送り込んだシアピクロール・ガスを使ったものと思われる。毒種を確認の上、除染。

 その後、可及的速やかに、生存者の救出にかかれ」

「了解」

 ダコールの命令が、復唱されて伝えられていく。


 あの死体の状況を見るのは、初めてではない。

 いや、それどころか何度も見ている。シアピクロール・ガスで間違いない。

 だが、都市1つ壊滅させるだけのガスを、閉鎖空間である艦内で放出した例など過去にない。

 苦しむ間もなく、ほぼ即死であっただろうことが唯一の救いだ。


 艦の進路が変わり、加速が始まるのを確認したあと、バンレートが声を上げた。

「旗艦僚艦のゲルダは無事か?

 無事なら、総作戦司令の移乗を意見具申。

 レオノーラの戦闘艦橋C.I.C.は、全機能チェックをしてからでないと、今後の使用上の信頼性に欠けます。

 また、戦艦としても敵の乗艦を許した以上、信頼できません」

 バンレートの心配は当然のものだ。艦内に時限爆弾など仕掛けられていたら、目も当てられない。装甲も防御スクリーンも、すべて役に立たない。


 だが、オペレータ士官は確認後、首を横に振った。

「いえ、ゲルダ艦内の半分の区画がシアピクロール・ガスに汚染されています。

 乗組員の3分の2が死亡。

 現在除染中。

 航行に支障なけれども、事前プログラム以上の作戦行動は不可能」

「そうか。

 艦隊戦闘力は、半減以下だな……」

 ダコールのつぶやきは苦々しい。


「では、気圧復帰後、レオノーラの艦内に敵の持ち込んだものがないか、徹底捜索。

 それからだが、主砲を撃てた艦はどれほどいる?」

 ダコールの問いに対する答えはすぐに返ってきた。


「2艦のみです」

「敵の損害評価はできそうか?」

「10秒お待ち下さい」

 複数の士官が、慌ただしくデータチェックを始める。


「敵の損害、おそらくは、大。

 発射された複数の対惑星地表用弱装弾は、照準も不十分なままに発射され、地表の多くの面積を占める海に着弾しました。

 ですが、現在、それが引き起こした高さ30m以上の津波が各陸地に向けて進行中。

 海辺の都市は、ことごとく壊滅することになるかと思われます」

「そうか。

 なんとか一矢報いたな」

 この反撃の意味は大きい。ダコールの声に安堵がにじむのも無理はない。


 彼我の損害評価はこれからだし、これだけの損害を受ければダコールだけでなく、バンレートまで査問委員会の聴取対象になることは間違いない。それでも、軍法会議は避けられるだろう。

 必然の損害はしかたないにしても、敵に対して「なにもできなかった」では軍人として許されるはずもない。

 人命損失数の一点だけは、ダコール艦隊は勝ったと言えるのだ。



「エアロック、全閉鎖確認。

 気圧復帰します」

「艦内モニター確認。

 敵兵の無力化を確認し、そののちに隔壁開放。

 ゲレオン准教授と敵兵の拘束を、乗組員の救助に優先。

 ただし、医務室、ギード軍医の無事は優先して確認しろ」

 バンレートの指示が飛ぶ。


 敵兵に遭遇しなかった乗組員は、高真空下に放り出されたにせよ、無事なはずである。艦内放送、艦内ディスプレイを通して、バンレートの指示を受ける者は艦内に多数いる。


 だが……。

 敵兵と鱗と羽の両方が生えた翼のある獣、ゲレオン准教授までが、艦内からその姿を消していた。



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あとがき

最後っ屁みたいな攻撃でも、恒星間艦隊の兵器はあまりに強力なのです……

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