第103話 獅子身中の虫


 次から次へと映し出される艦隊の惨状を見ながら、それでもダコールは事態の収拾と改善を試みた。

「全艦に通達!

 全隔壁閉鎖。艦内対NBCクリーナー全開。

 主砲発射用意。

 用意できた艦、砲から、装填分撃ち尽くせ。撃ち終えた艦から離脱。

 急げ!」

「本艦もでしょうか?」

 バンレートの問いに、ダコールは頷く。

 劣勢時に旗艦が率先して逃げるというのは、艦隊行動の崩壊を招く危険がある。だからこその確認ではあったのだが……。


 それでも離脱せねば、させねば、皆ことごとく犬死になってしまう。

 事態はそこまで追い詰められている。

 我先に逃げるしかないが、せめて一矢報いよう。

 それがダコールの判断であり、決断だった。


 思い返してみれば、第1波の宙対地ミサイル100は、30ずつほど3回に分けて撃墜された。この30余が、敵の1度にできる攻撃の数だとしたら、艦隊100艦、まだまだ間に合う。救えるはずなのだ。


 ダコールの指示を各艦にオペレータ士官が慌ただしく伝えていくが、果たしてどれほどの艦がまだ生き延びているかはわからない。静止軌道に向かって順調に飛んでいる艦も、自動操縦になっているかもしれないからだ。


「全砲門、発射準備完了」

 これは、旗艦レオノーラの砲術長からの報告である。

てっ

 すぐさま、旗艦艦長としてのバンレートが命令を下す。

 一撃、せめて一撃反撃しなければ、なにをしにここまで来たのかわからなくなる。

 砲音が艦を震わせ次第、離脱軌道への進路変更を命じようとバンレートは考えていたのだが、聞き慣れた主砲の音はいつまで経っても響いてこなかった。


「主砲、どうした?」

 バンレートの問いに、オペレータ士官が第一主砲管制室に通話回路を開くが、返事が返ってこないので、室内の状況をサブモニターに映し出す。

 そこは、生首が転がる血の海だった。



 あまりのことに、戦闘艦橋C.I.C.内のオペレータ士官たちは半ばパニックになった。

 騒然とし、席から立ち上がる者も出たところへ、ダコールの抑えた声が飛んだ。

「全隔壁、閉鎖しているか?」

 と。

 当然ダコールは、このアーヴァー級レオノーラ艦長の経験がある。的確な指示もできて当然だった。


 本来はバンレートが確認せねばならぬことで、越権行為ではあったが、その声の効果は大きかった。

 オペレータ士官たちは、自分の任務を思い出し、席のディスプレイを確認する。

「すでに閉鎖、気密確認済み!」

 その報告を受けて、今度はバンレートが指示を出す。


「では、艦内に通知。

 白兵戦に備えよ。乗組員への武器の配布許可。

 艦内全モニター、チェック。

 どこかに犯人がいるはずだ。探せ!」

「僚艦ゲルダに通知。

 我、これより艦内にて白兵戦に移る。同じくアーヴァー級である貴艦にも、敵の侵入が予想される。用心されたし、と」

「了解」

 ダコールとバンレート、艦隊司令としての、艦長としての、それぞれの指示が入り乱れ、士官たちは素早くそれをこなしていく。

 この危機でも、さすがの練度だった。


 さらにそこへ、モニターをフリッピングしていたオペレータ士官の声が上がった。

「第二主砲管制室を!」

「……っ!」

 戦闘艦橋C.I.C.内のオペレータ士官たちの視線がモニターに向けて動き、そのまま驚きのあまりに息を呑んだ。

 そこには、鱗と羽の両方が生えた翼のある獣と、それに跨る長剣を持った兵士たち、そしてゲレオン准教授の姿があった。

 第二主砲管制室の乗組員は、最後の1人がたった今、殺されていた。


「隔壁、ゲレオン准教授が開けているんだ!

 隔壁操作絶対優先権、艦橋に取り戻せ」

 バンレートの蒼白になった声が終わる前に、鱗と羽の両方が生えた翼のある獣は凄まじいスピードでモニターの外へ消えた。


 隔壁は戦闘艦橋C.I.C.からの操作で閉まり、外から重要防御区画バイタルパートに入るために開けることはできない。

 だがその逆、重要防御区画バイタルパートの内側からは現場の判断で開けられるようになっている。隔壁操作権は、各隔壁の重要防御区画バイタルパート側にあり、外に取り残された乗組員であっても、タイミング的に救える生命であれば中から救えるし、逆に外に避難することもできるようになっているのだ。

 当然、その運用については、艦に乗る者全員に徹底した訓練と研修がされている。


 だが、それが裏目に出て、ゲレオン准教授も隔壁が開けられるのだが、そもそも拘束されていたはずのゲレオン准教授が、いつの間に重要防御区画バイタルパート内に入り込んでいたのか、誰も掴んでいなかった。

 そしてそのゲレオン准教授が次から次へと隔壁を開けてしまい、しかもそこにありあわせの什器を挟み込んでしまうので、隔壁は開きっぱなしとなっていた。

 このようなこと、艦の設計者が夢想だにしないことである。


「第三主砲管制室に連絡。

 なにがあろうと、隔壁を開けさせるな!」

 バンレートの指示に、オペレータ士官は首を振った。

「……ご覧ください」

 バンレートが目をやると、そこまでもすでに血の海だった。


「敵は、2班以上います」

「一体、いつの間に、どれほど入り込んだんだ!?

 機関室は無事か!?」

 ここに至って、バンレートの声は悲鳴に近い。

 報告した士官も、すでに死を覚悟した声色になっていた。


 考えてみれば、岩を対消滅炉に正確に放り込んでくる敵である。人間を送り込んでこれない理由はない。

 とはいえ、これは兵を使い捨てにするに等しい。退路がない死地に兵を送り込むなど、用兵としては下の下である。だが、こちらにとってそれは常識でも、敵にとってはそうではなかったらしい。


 艦内に、複数の色数の戦闘集団が入り込み、虐殺の限りを尽くし中から食い荒らしている。

 こうなるともう、艦内に取り憑いた敵に対抗する手段は、なにもないように思われた。

 バンレートの目は血走っており、ぎりぎりと歯を食いしばった。

 凄まじい焦燥感が身を灼くが、打てる手がなにも思いつけなかったのだ。


 だが、そこへ再びダコールの声が飛んだ。

「全エアロック開放。侵入者を全員真空に晒せ!」

「了解!」

 オペレータ士官の声が、生色を取り返した。

 次の瞬間、隔壁で気密閉鎖されているにも関わらず、戦闘艦橋C.I.C.の中に一瞬霧が巻いた。



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あとがき

ゼルンバスの王様、えげつな……

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