第102話 反撃


 アーヴァー級宇宙戦艦、第1連携戦術戦闘艦橋C.I.C.のメインスクリーンに映し出された画像は、控えめに表現しても地獄絵図だった。

 体中が腫れ上がり、爛れ、皮膚が崩壊する。

 手当の手段はまったくないままに、苦しみ抜いて次から次へとこと切れていく人々。

 拡散前の、ガスの濃い部分に触れてしまったのだろう。目を背けたくなるような画像が続く。


「……もういい」

 総作戦司令ダコールの言葉にスクリーンは暗転し、再び戦闘艦橋C.I.C.は計器の光のみが灯る静寂な空間となった。

 かすかに電子機器の唸りだけが響き、これだけでここは束の間の安息の空間となった。


「宙対地ミサイル、第3波発射」

 ダコールの声が低く響く。

 あまりに容赦がない。

 ダコール自身、正直なところ、不要と思わぬでもない。

 だが、この惑星は叩けたと思っていても、いつも致命的被害を躱している。そして、次は艦隊を動かすことになり、乗組員の生命が賭けられることになる。

 なら、いかに非情であっても、ここでもう一度、敵の出方を確認しておくべきだろう。



「宙対地ミサイル、第3波発射」

 命令が復唱され、100発のミサイルが撃ち出された。

 着弾までの15秒、今回は短くも長くも感じなかった。15秒は15秒である。ダコールは落ち着きを自覚していた。

 ミサイルは、なんの妨害も受けぬまま飛行を終え、敵惑星の地表に突入していった。


 肉眼でもわかる。

 地表に膨大な雲と土埃が舞い上がり、青と茶と緑に彩られていた惑星が、灰色に塗りつぶされていく。


「メインスクリーンに状況を」

 そう命令し、映し出された画像を見て、ダコールは自分の命令の不適切さに思い至った。

 大気圏内を飛ぶドローンで、上空からきのこ雲を通して地表の観測ができるはずがない。

 巨大な上昇気流に翻弄され、カメラをどこかに安定して向けること自体すらできていない。無理もなことと思いながら、ようやくここまできたかとダコールは安堵してもいた。


「これより、敵惑星への上陸を試みる。

 まずは攻撃の余波が落ち着くまで、戦闘態勢のまま静止軌道待機。各砲には、対惑星地表用弱装弾を装填しておくこと。

 その後、強襲揚陸とともに、敵惑星の生き残りを捕縛する。捕虜から情報を得る必要があるため、その際にむやみに殺さず、情報価値が高い者かどうかの十分な見極めを行え。

 全艦発進」

「全艦発進」

 命令が復唱され、艦隊が動き出す。


 考えてみれば40日に満たない作戦期間だったが、思いの外長く感じた。

 宇宙は広い。

 まだまだ謎は尽きないし、高度に完成したと思われていた科学に対抗できる文明もまだ存在した。だが、これを契機に、母星はさらに発展を遂げるだろう。

 そう思えば、この切っ掛けに関われたことは、戦史に名を残すことのできる幸せなことだったのかもしれない。


「現在、月軌道と敵惑星の中間点に到達。

 静止軌道の割当位置に向け、艦隊散開。

 地上からの攻撃を想定し、警戒と偵察を厳とせよ。

 月からも視線をそらすな」

「了解」

 その声とともに、ダコールの命令は艦隊各艦に伝えられた。

 正直なところ、月に敵の基地がある可能性は皆無と言っていい。だが、これはもう、作戦遂行上の礼儀みたいなものだ。


 スクリーン上の艦隊各艦の位置を示す光点が、命令を受け、列をなして静止軌道上に吸い込まれていく。

 新たに艦隊に加わった艦も高い練度を示し、なめらかな動きで静止軌道に向かっていく。自動操縦でできることではあるものの、戦闘態勢下での自動操艦はバカ正直すぎて敵の攻撃を誘ってしまう。なので、手動操艦を選択する艦長は多い。

 もちろん、戦闘時の乱数回避機動とは別の次元の話である。


「っ!

 グロス級マクダ、メディ級ミリヤム、接触。

 マクダ、小破。ミリヤムの第3砲塔と防御艤装、破損」

「なにをやっている!?

 艦長を呼び出せ」

 ダコールは叱責もやむなしと、声を上げた。

 マクダもミリヤムも、共に古参の艦である。このような失態は本来なら考えられない。


「メディ級ザンドラ、同じくメディ級テア、軌道を外れ、漂いだしています」

「いったいどうしたんだ?

 マクダ、ミリヤムの両艦長はまだか?」

「呼び出していますが、応答ありません」

「なにをやっているんだ!?

 旗艦優先権をもってマクダ、ミリヤム両艦のシステムに入り、艦橋を出せ」

「了解」

 オペレータ士官の口調は平坦である。

 ダコールの怒りのとばっちりを受けたくないのだ。


 ダコールは部下に当たり散らすような上官ではないが、艦隊に属する艦がここまでの失態をしたこともない。なにごとにも初めてというものはあるのだから、オペレータ士官が警戒するのも無理はない。



「マクダ、ミリヤム両艦の艦橋、出ます」

「ユルゲン、なにをしている!?」

 ダコールはそうマクダの艦長に声を掛けながら、スクリーンに広がったマクダ、ミリヤム両艦の艦橋の状況に茫然自失となった。オペレータ士官たちも一様に息を飲み、次の瞬間数人が激しく嘔吐した。


 両艦の艦橋は、地獄絵図となっていた。

 共に飲食し、笑いあった仲間の身体は体中が腫れ上がり、爛れ、皮膚が崩壊していた。

 すでに息絶えているのは疑うべくもない。

 先ほどとは違う。同胞の惨たらしい死体に、耐えられなくなった者が出るのは仕方がない。


「ザンドラとテアの艦橋を出せ。

 至急だ!」

 ダコールの声は、いつもの落ち着きを失い、完全に上ずっていた。


「メディ級アデリナ、カリーナ、軌道を外れま……。

 訂正、およそ30艦が続々と軌道を外れています」

「なんだと!?」

「ザンドラとテアの艦橋、出ます」

 

 ダコールの祈りも虚しく、ザンドラとテアの艦橋にも生存者はいない。ただ、ただ、惨たらしい静寂があるのみである。

「……ここもか」

 バンレートの苦鳴が、戦闘艦橋C.I.C.に響いた。



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あとがき

魔法王国側の報復反撃始まりました。

が、こう見ると恒星間艦隊の攻撃は容赦なくても大味ですね……

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