第101話 毒


「では、次の火箭が撃ち出されたら、各王の元に召喚した中身を派遣せよ」

「お待ちを。

 各王にて、それぞれ召喚されるとのこと。

 こちらで召喚して送るは、二度手間にて魔素の無駄と」

「では、お願いしよう。

 とはいえ、くれぐれも気をつけるよう伝えよ。

 どうせ、毒かなにか、ろくでもないものしか入ってはおらぬ」


 ゼルンバスの王が毒に言及したのは理由がある。

 王族ともなれば、王位を廻って弟が兄の毒殺を企むのは当たり前のことである。

 逆にそれを恐れて、兄が弟の毒殺を企むのも、また当たり前である。

 王族にとって、悪意とは毒のことなのである。

 そして、毒殺とは、極めて洗練された技術なのだ。


 治癒魔法ヒーリングでの治療ができるからには、それが間に合わぬだけの即効性が求められる。死者を蘇らせるのは不可能なのだから、スピード勝負になるのだ。結果としてそれは、果てしない強毒化の追求と同義であった。

 そして、治癒魔法ヒーリングがあるからこそ、魔術による暗殺は露見しやすい。その一方で同じ理由により、医学及び薬学の知識の蓄積は多くなく、ゆえに毒殺は露見しにくく後腐れのない技術として、密かにだが数多く使われたのだ。

 それは、どこの王家でも事情は同じである。

 ゼルンバスの王がなにも言わなくとも、各王はまずは毒かどうかを確認していただろう。


 ここでゼルンバスの王は、新たな手を思いついていた。

 毒かもしれないからこそ、思いついたのである。

「いや、各国の王にはこのように伝えよ。

 次の火箭が放たれしのち、その中身につき、競って各王の魔素炉に召喚せよ。

 100であれば、手分けすれば召喚し尽くせるはず。

 召喚したものの分析と併せて、以上お願いしたい。

 目的等、詳細は追って伝えるゆえ、まずはこの依頼を確実に伝えよ」

「御意」

 簡易魔素炉に手を置いた魔術師が、各国に依頼を送る。


「セビエ、了承。

 コリタス、了承。

 ……他の国々からも、立て続けに了承の回答あり」

「では、伝えよ。

 この……」

 とゼルンバスの王が、各国の王に語りかけ始めると同時に、アベルの声が響いた。


「次の火箭、100が、今、放たれ……」

 そう言いかけた、クロヴィスの右手が上がる。

 時間的余裕がまったくないということだ。話す間すらない。

 即座にレティシアがその意を読み込み、フォスティーヌが他の魔術師に広げ、共有した。その範囲は他国の魔術師にまでに至る。


 そしてそのまま、この星の魔術師たちは、王命を果たすための生命を賭けた呪文の高速詠唱に入った。

 いくら各国で手分けをしたとしても、一息から二息の合間に100の召喚を果たすのは極めて難易度が高い。さらに、召喚する物が物である。

 さらに、クロヴィスが課した条件は細かった。だが、これにより、ゼルンバスの王の意志は実行されたのである。

 そのクロヴィスの指示が各王に説明されたのは、さらにあとになってからである。


 クロヴィスが見た今回の火箭にの中には、4つの入れ物があり、それぞれに液体が満載されていた。

 この入れ物には、複雑に絡み合った銅や礬素ばんそ(アルミ)が取り巻いており、このパターンは天からのからくりで見覚えのあるものだった。ということは、天からの敵を謀るためには、この複雑に絡み合った銅や礬素ばんそ(アルミ)に手を付けてはならぬ。

 それのみは残して、容器と中身の召喚をと、クロヴィスは他の魔術師に指示したのだ。


 だが、その代償も無くては済まなかった。

 魔素の吸集・反射炉に召喚された容器は、すぐに移動させて炉内を空にしないと、次の召喚が行えない。次から次へと召喚し、魔素の吸集・反射炉から至急で運び出すという中で、カリーズで事故が起きた。

 運び出され、乱暴に扱われた容器の口が破損し、ガスが漏れたのである。


 すぐに魔術師たちは治癒魔法ヒーリングの呪文を唱え、毒の無効化も行われたが、それでも魔素の吸集・反射炉の管理を担う者6人が死んだ。炉周囲に留まっていた魔術師に死者がいなかったのは幸いだった。

 だが、その死に様は全身が糜爛しあまりに惨たらしく、毒であるということの裏付けは当然のこととして、これが情け容赦のない戦争であるということを魔術師たちの意識に刷り込んでいた。


 ゆえにカリーズの魔術師たちは、その死に様を即座に他国へ向けて簡易魔素炉にて転送したのである。戦いだからこそ、死者を悼むより情報共有を優先したのだ。



「カリーズの王に哀悼の意を。

 そして、その惨たらしき様、存分に敵に見せつけてやれ」

 ゼルンバスの王の命令に、フォスティーヌは目礼のみで応えた。


 次の100の火箭はこの星の手前で分解すると、毒の入った容器を星全土にばら撒いたのだ。

 ゼルンバスの王の、事前に毒を召喚し抜いておくという判断が遅れていたら、それこそ取り返しのつかぬことになっていただろう。敵は、この星のすべての人間の毒殺を図ったのだ。だから、その成果が得られたように見せてやれ、と王は言っている。


 フォスティーヌは、この星を巡る天からの敵のからくりと、各国の上空に未だ留まっている空飛ぶからくりに嫌と言うほどの惨たらしい画像を送り込んだ。

 まともな感性であれば、とても見続けてなどいられないものである。

 この作業は同時に。天からの敵に対する果てしない憎しみを、魔術師たち全員に植え付けた。

 天からの敵は、この星の者に対し、生存を許す気はないのだ。それに対して応報をしなければ、二度と枕を高くして眠れない。


「敵を乗せた金属の箱、月軌道を超えて、侵入してきました」

 王の意図はわかる。

 だから、アベルの声が玉座の間に響いたとき、その場の雰囲気に生じたのは緊張より安堵だった。


 この星の人間の大部分が毒によって死んだ今、敵は安心して降下してくる。

 ゼルンバスの王の応報の攻撃命令を、他国の王、魔術師たち全員が待ち望んでいる。


 だが、ゼルンバスの王は、前回の反省から敵をぎりぎりまで引き付ける気でいる。おびき寄せには成功した。こうなったからには、1隻も逃さぬ。それが無理でも、更に次への布石を打つ。

 このために、ゼルンバスの王は様々な手を考え出していた。



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あとがき

ゼルンバスにも、ド・ブランヴィリエ侯爵夫人はいたんですよね、きっとw

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