第99話 ダコールの作戦


「宙対地ミサイル、第1波発射」

 アーヴァー級宇宙戦艦、第1連携戦術戦闘艦橋C.I.C.に、総作戦司令ダコールの抑えた声が響く。

 弾頭を搭載しない100発のミサイルが、敵惑星に向けて加速していく。


 弾頭を搭載していないのは、必要がないからだ。

 ミサイルの威力は、弾頭ではなく自身が持つスピードが決める。光速の半分ともなれば、その運動エネルギーは核融合弾を軽く超える。装甲に覆われているわけでもない、軟目標の中世の街並みの破壊など、これで十分なのだ。


 そして、この判断はこの惑星に住む、謎の敵を舐めているわけではない。むしろ逆である。

 まずはこの第1波、ことごとく防がれるとダコールは見ている。となれば、弾頭を積むなど、あまりに無駄ではないか。

 ただ、どう防がれたのかを知るために、ミサイルのうちの3つはカメラを始めとするセンサーを積ませている。


 サブスクリーン2つには、輝点で第1波のミサイル群の位置が、もう1つにはミサイルに搭載されたカメラからの画像がそれぞれ映し出されている。

 ミサイル群は刻々と加速を続け、惑星との距離を縮めている。

 たった15秒に満たぬ間のこと、艦橋の全員が固唾を飲んで見守っている。「通れ」と全員が祈りもしていただろう。


 だが、当然のようにその祈りは通じなかった。

 着弾まで5秒のところで、ふいに輝点の三分の一ほどが消えた。

 次の瞬間にまた三分の一ほどが、さらに間を置かずに残りの三分の一ほどが消え、スクリーンには彼我の位置を示す記号だけが残された。

 ミサイルに搭載されたカメラからの画像の方を見ていた者もいたが、なにが起きたのかはわかっていない。化学的プロセスで実現されている人間の感覚処理は、あまりに遅すぎるのだ。


「カメラ画像、最後の0.05秒を拡大投影します」

「メインスクリーンに映せ」

 オペレータの声に、バンレートが応じる。


「……岩だ、また」

「コストの安い反撃をしやがる」

 当然、戦闘艦橋C.I.C.での私語は禁じられている。

 だが、オペレータ士官たちからうめき声が上がるのは、仕方ないところでもあった。


 彼らは、ダコールのコスト意識を知っている。

 軍の勝利とは、つまるところコストなのだ。

 そして、どのような兵器であっても、岩よりは高価なのだ、


「宙対地ミサイル、第2波発射用意」

 対象的にまったく感情を示さず、ダコールは淡々と命じる。

 最初からこうなると思っていたので、腹も立たなければ残念とも思わない。

 もちろん、コスト的にも飲み込んでいる。


 ただ、こうなると戦線は膠着しかねない。

 宙対地ミサイルが完全に防がれているのに、威力の高い弾頭を積んだ大型ミサイルが届くわけがない。

 100発ものミサイルが同時に防がれるとなると、飽和攻撃も次は1000発同時となり、コスト的に厳しいことになる。

 艦ごと近寄れば確実に落とされるし、なんとも堅い敵である。


 だが、ダコールには、これも含めての作戦である。

「宙対地ミサイル、第2波発射」

 再びロケットモーターが点火され、次の100発のミサイルが再び宙を駆ける。

 一見、先ほどとまったく同じ過程が繰り返される。


 だが、今回のミサイルは弾頭を積んでいる。

 今回のような敵に対し、ダコールは同じことを決して繰り返さない。

「弾頭、パージ」

「パージ、了解」

 その命令の数瞬後、サブスクリーン上のミサイル位置を示す輝点の、三分の一が消えた。次の瞬間にまた三分の一ほどが、さらに間を置かずに残りの三分の一ほどが消え、スクリーンには彼我の位置を示す記号だけが残された。


 珍しいことに、ダコールの片頬が緩み、口元に笑みが浮かんだ。

「追跡周波数、切替え」

 低く抑えた声に、オペレータ士官が応じ、パネルが操作される。


 サブスクリーン上の、ミサイル位置を示す輝点が復活した。それも先ほどより遥かに明るい。

 切り離された弾頭だけが、慣性飛行でさらに敵惑星に向けて飛んでいるのだ。その数400。1つのミサイルに4つの弾頭を積み、それが切り離された結果だ。

 敵からしてみれば、迎撃したら数が増えたというところだろう。


 月軌道から、光速でたった3秒の距離である。着弾スピードを光速の半分とすれば、加速に掛かる時間を入れても単純に12秒。とはいえ、発射母艦保護のために最初の加速は抑えられているため、およそ15秒で着弾である。

 その着弾5秒前ともなれば、ミサイルの速度は乗り切っている。


 その速度で敵の時間的余裕を奪った上で、一気に対応せねばならぬ数を増やす。

 ダコール艦隊であれば、パルスレーザー群という光速で迎撃できる兵器があるため一気に撃ち落とすことも可能だが、岩を送り込んでくるような敵にそれは不可能であろう。


 しかも、ダコールは戦いにおいて、どこまでも辛い作戦を立てる。さらにもう1つ、敵が不可能を可能にした場合に備えて手が打ってある。

 弾頭が、通常の爆発物ではないのだ。

 有り体に言って強い毒ガスである。

 ダコールの作戦は4段構えなのだ。


 まずは敵に第1波を迎撃させ、成功体験を積ませる。

 次に第2波の迎撃をさせ、即座の対応力を奪う。

 その状態で、弾頭数を増やす形でさらに対応力を奪い着弾させる。

 それでも敵が弾頭を破壊する可能性を考慮し、破壊された弾頭から漏れ出す毒ガスで敵を叩く。

 大気に拡散されたこの毒ガスは速やかに効き目を発し、生物を殺すだけ殺した後は太陽光に含まれる紫外線で自然分解し無力化される。


 ここまで手を重ねなくても、今までは勝ててきた。

 だが、今回の敵はそうは行くまい。

 ダコールはその敵に敵意より敬意を込め、何重もの手を重ねたのだ。


 毒ガスが大気中に拡散したら、宙対地ミサイルによる第3波攻撃である。

 それで敵の対応力の低下を確認をし、上陸作戦に移る。

 これが失敗に終わるようであれば、惑星に決して癒えぬ傷を残す手段もやむを得ない。

 いよいよ地表面という、軟目標への飽和砲撃である。



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あとがき

総作戦司令ダコールの本気です……

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