第98話 攻撃開始


 ゼルンバス王都マルーラでは、住民の避難が始まっていた。

 天からの敵が、攻撃してくる。それも、殲滅を目的として。

 なので、「今のうちに逃げられる者は逃げろ」と王命が下ったのだ。


 昨日、天からの敵より、ゲレオン准教授と名乗る使者が来た。

 ゼルンバスの魔術師たちは、そのゲレオンの身柄の拘束をしたときに、目印の付札タグを付いておいた。

 そのため、ゲレオンの視覚、聴覚、もちろん周囲の人間と交わす会話の中身までが、他心通の術のレティシアに筒抜けになっていた。


 敵は、再度の攻勢に出ようとしている。月軌道の外側ぎりぎりで、準備のために蠢動している。

 通常であれば、月によって魔素の流れが撹乱されるので、軌道の外側では魔術の精度は大きく落ちる。アベルやクロヴィスの天眼通の術を持ってしても、月軌道の外側にいる敵の乗り物である金属の箱の中身はほぼ見ることができない。


 だが、天眼通の術で全天を見るような当てずっぽうではなく、目印の付札タグを手繰って追えるので、月軌道のわずか外側までであれば、レティシアはゲレオンに対し高精度のまま他心通の術を使うことができた。


 未だかつて、目印の付札タグ付けられた物や人が、そこまでの遠くに行った例はない。ゆえに、魔術師たちとしても、初めて得られた知見である。

 もっとも、アベルに言わせれば、これは幸運によるものだ。


 幸運とは、敵の乗り物の金属の箱の大部分が、月から見て、この星を挟んだ月軌道上の反対側にいたことだ。敵の乗り物の金属の箱が、もっと月に近づいていたら、魔素の撹乱がより激しく、いくら目印の付札タグが付いていても、レティシアはゲレオンの視界までは確保できなかっただろう。

 この辺りの魔素と月の干渉の知見も、目印の付札タグが付いた具体的な目印があるからこそわかったことである。


 敵の乗り物である、金属の箱の数は多い。

 互いに空中衝突を防ぐため、そして、月にも衝突しないため、惑星を挟んだ反対側に展開しているのであろうし、それは魔術師たちにとって運が良かったとも言えた。



 閑話休題、天からの敵の首領は攻撃を決断し、ゲレオンの耳はそれを聞いた。同時に、レティシアもそれを聞いている。

 玉座の間の緊張感は、極限にまで高まっていた。


 すぐさま王から、王都の民を避難させるよう命令が出た。

 それは、無事に民を逃すという目的ではない。

 そもそも天からの敵が本気で攻めてきたら、この星の人間は1人も生き延びられない。1発でこの惑星自体を破壊するほどの爆弾がある以上、逃げても無駄である。

 だが、その事実はこそは、なんとしても隠し徹さねばならない。


 理由は簡単なことだ。

 住民たちにパニックが起き、暴徒化したら、焼き打ちも想定される。そうなったら、魔法省にあるこの国最大の魔素の吸集・反射炉の維持ができないかもしれない。

 ここだけは、なんとしても静謐を守らねばならないのだ。

 逆を言えば、魔素を貯めたキャップがあり、魔術師がいて、この吸集・反射炉があれば、王の意志は完遂できるのだから。


 なので、大将軍フィリベール麾下のゼルンバス正規兵、近衛から入隊直後の新兵に至るまで、王のつわものたちは王宮と魔法省に詰めていた。

 特に飛竜旅団は、全員が翼竜ワイバーンと共に魔法省に詰めているし、さらにアニバールの魔術師たちも一緒にいる。これは、守るためだけではない。



「敵、月軌道上で、編隊を組み直しつつあり」

 天を睨む、天眼通の術のクロヴィスが叫ぶ。

 ひたすらに、アベルとクロヴィスは天に向かって目を凝らしている。もちろん、コリタスの魔術師ディルクを始めとする、他国の天眼通の魔術師たちも例外ではない。


「ゲレオンの召喚、派遣同時発動用意。

 月軌道上空に達したら、即座に発動」

 王の言葉が伝えられ、吸集・反射炉の前の魔術師たちの呪文の事前詠唱が高く低く響く。

 主要部分はあらかじめ唱えてしまっておき、最後の数語は事態に合わせて唱えることで術のタイミングを合わせるのだ。


 ゲレオンは、今は敵の乗った金属の箱の中の一室に閉じ込められてしまった。その部屋から救出しなければ、魔術師たちも情報が得られない。

 だから、一旦ゲレオンを魔法省の魔素の吸集・反射炉に召喚し、瞬きもさせぬ間で閉じ込められた部屋の外に送り返すのだ。


 手順としては、閉じ込められている部屋のドアを召喚すれば1度で済むことだが、魔術による召喚の内容に対して見破られる可能性が高くなる。いかに魔術をまったく理解していない相手とはいえ、鍵の周りだけとか、蝶番を半分残してドアが消えたら、持ち前の偏執的なまでのこだわりを持って事態の解明に取り掛かるだろう。意味もなく、円周率を三桁も四桁も求める連中なのだ。

 藪の中の蛇を叩く必要はない。敵にやる気を出させる必要はないのだ。


 だが……。

 アベルとクロヴィスの声が響く。

「敵の編隊から、なにかが撃ち出されました」

「高速でこちらに向かっています」

 ゲレオンを閉じ込められた一室から開放する前に、天からの敵はこちらに攻撃を始めていた。


「そはなにか?

 正体は?

 数は?」

 王の下問にアベルが答える。

「正体はわからず。

 しかし、火を噴きながらまっすぐこちらに突っ込んできます。

 火矢は矢の頭に火が点くものにございますが、これは尻に点いています。

 数は100。

 加速しながら、各王国の都に向かっていますが……。80がここ、マルーラを目指しています」


「では、魔素の吸集・反射炉から岩を派遣し、その進路を塞げ」

「御意っ!」

 王命に答える、フォイティーヌの声が響いた。


 ゲレオンを召喚派遣するために、8割方唱えられていた呪文が転用され、国内の大山脈の岩が即座に召喚され、すぐに天に向かって派遣されていった。

 天眼通の術のアベルの視界を、サトリの他心通の術のレティシアが受け取り、それをフォイティーヌに魔素の交流波として伝え、サトラレの他心通の術のフォスティーヌが派遣魔法を使う魔術師に座標を伝えている。

 すべては一瞬で、極めて高い精度で行われた。



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あとがき

いよいよ始まっちまいました。

しかも、互いに十分と言えない状況のまま、焦りに任せて……。

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