第97話 軍医の狼狽


 総作戦司令ダコールは、母星の総統府の統合司令部あてに、宇宙文化人類学の学術チームの団長に起きたことを報告文にまとめた。

 そして、幾重にも巡らせた安全策が無効化されたことから、「極めて危険」と文末に付け加えた。


 殲滅攻撃については敢えて書かない。

 書く必要がないからだ。

 総作戦司令にとって、「敵性惑星を滅ぼす」というのは当然の任務なのだ。その任務に対し自ら可否を問うて、己の鼎を軽くすることはない。


 敢えて言えば、「特異的文明に対し配慮が必要だったのでは?」という非難を受ける可能性はある。だからこその、事前のこの報告である。

 これで、事前から危険性を認知しており、その危険性が閾値を超えたから、やむを得ず滅ぼしたという流れになる。この報告が出ていないと、「配慮が必要だったのでは?」と非難されたから、後付けの言い訳として「脅威」をでっちあげたと疑われる可能性がある。だから、その危険性を、予め潰しておくのだ。

 総作戦司令まで上り詰めると、そういった処世技術にも手練となる。


 報告書を送信した後は、医務室に顔を出すつもりである。ゲレオン准教授の状況を確認せねばならないのだ。場合によっては、その状況自体を軍機に指定せねばならないだろう。

 だから、報告を受けるだけで済ませず、自ら見に行くのである。



「ダコール総作戦司令、意見具申」

「ギード軍医、どうした?」

 医務室に入るなりである。

 ダコールは驚いて聞き返した。

 ギード軍医の横では、すでに医務室に入っていたバンレート副司令兼艦隊旗艦艦長が、大きく目を見開いている。彼としても、よほど驚いたらしい。


「攻撃延期をしていただけませんか?」

「どういうことだ?

 まずは説明しろ」

「はい」

 話しながら椅子を勧められ、ダコールは腰を下ろす。


「ゲレオン准教授には、広範囲な心理操作の痕跡が認められます。

 極めて危険です」

「治療が難しいということか?」

「違います。

 艦隊に対し、テロ活動の危険があるということです」

「……そこまでか」

 ダコールはさすがに驚いて、そこから先の言葉がとっさに出てこない。


「私自身信じられないのですが、捕えられて開放されるまで30分程と聞いていましたが、間違いない情報ですか?」

「私自身もリアルタイムで対応していたから間違いない。

 副司令も共に艦橋で対応したぞ」

「誤解を恐れず言えば、なんとも素晴らしくも恐ろしい。

 これほどの技術があったとは……」

「……そこまでか」

 ギード軍医の感嘆に、再びダコールは言葉を奪われた気がした。


 軍医とは、兵士の戦傷に対する外科的治療の表面と、捕虜になった兵士のカウンセリング、捕虜にした敵兵への尋問対応などの裏面の仕事を持つ。

 心理操作についても、専門家と言って良いのだ。

 その軍医が、ここまでの感嘆と恐怖を示すということは……。


「ゲレオン准教授への心理操作、洗い出しきれなかったということだな?」

「はい。

 残念ながら。

 ここまで敵の技術が高いと、洗い出し切れたという証明は、悪魔の証明に等しい。

 艦隊に対するテロ実行犯になってしまう可能性は高く、母星に送還しておいた方が間違いがないかと。

 ゆえに、次の母星への定期空路の便が出た後での攻撃をと、意見具申いたします」

「……次の定期便は、62時間後か」

 ちらりと時計を見て、ダコールは呟く。


 人1人のために臨時便を出すのは、コストが掛かりすぎる。

 また、臨時便を仕立ててまで送り返されたとなると、ゲレオン准教授の経歴に傷が付きかねない。

 かと言って、攻撃のタイミングをずらすのは避けたい。

 各艦のエネルギー補給のタイムチャート、人員のローテーションのタイムチャートを組み直さねばならないだけでなく、敵の本星を一刻でも早く叩ければ、結果としてゲレオン准教授の安全が確保できるということもまた言えるのだから。


「艦底の営倉に閉じ込めておいたのでは駄目なのか?

 懲罰ではないから、そのあたりは気を使わねばならないが……」

「問題ないとは思うのですが、どのようなキーワードで、どのような心理スイッチが入るかわからないではないですか。

 それでは、こちらとしても対応しきれません」

 なるほど、論理が絞りきれていない。

 あまりに卓越したテクニックを見せつけられて、ギード軍医は怯えているのかもしれない。


「いや、営倉ではニュースは入らん。

 そもそも、話すことすら禁じられている。軍医も知ってのとおり、過重な心理負担を避けるために実際は目こぼしされているが、食事を運ぶ者に口を利くなと言っておけば済むことでは?

 また知ってのとおり、営倉自体、自殺防止処理がされている。

 なんらかの切っ掛けで行動に出ることはできても、完遂は決してできない」

「……それはそうですね。

 心理負担の点では、なにか娯楽のものを持ち込ませてやれば良いのですからね」

 と、ギード軍医が折れた。

 ここで、バンレートはもう一度確認した。


「軍医の具体的な心配は、ゲレオン准教授の深層心理に刷り込まれた心理操作で良いのだよな?」

「はい。

 なので、『敵が負けた』という言葉も、自爆テロなどに結びつく危険なキーワードになりかねません。

 その辺りの獅子身中の虫という事態を心配したので、このような意見具申をしたのですが、言われてみれば……」

 やはり、ギード軍医は慌て、怯えていたのだろう。

 所詮、1人の人間ができることなど限られている。それに改めて思い至ったのか、ギード軍医は落ち着きを取り戻したのだ。


「となると、准教授はここに置く方が良い。

 定期便内では自由にニュースに触れられるし、当然のことながら営倉に相当するものはない。定期便内でテロを起こされたら、設備的にも人員的にも手の打ちようがないが、ここレオノーラであればどうとでも対処ができるのだから」

 と、これはバンレートの艦長としての発言である。


「ますます返す言葉もございません」

「軍医、今までにわかったことを聞かせてくれ。

 その上でもう一度検討すれば良い

 私は上官という立場で、意見を強要するつもりはない」

 ダコールの言葉に、ギード軍医は頭を下げた。



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あとがき

……フォスティーヌの仕込んだ種子は、苗床も意識できぬままゆっくりと芽を出すのです。

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