第95話 総作戦司令の決断
「たとえ我々が彼らに対して劣等種族であったとしても、対抗はできる。
対抗はできるが、作戦の冗長性を極端なまでに大きく取らないとだが……」
ダコールはつぶやくように言う。
ゲレオン准教授の言葉を聞き、総作戦司令として、頭の中はさまざまな仮定とそれに対する策でいっぱいなのだろう。
「私の立場としては、なんとか攻めないでいただければ、と。
この文明を喪失するのは、宇宙全体の損失ではないでしょうか?」
ゲレオン准教授の提案を、副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートは正面から反対した。
「安全保障の点から言えば、逆ですね。
確実に息の根を止めておかないと、100年後には我々が征服されているでしょう。
どう考えても、これは間違いないところかと」
ゲレオン准教授は顔色を変えた。
「そうは仰いますが、そもそも私がここへ派遣されてきたのは、ゼルンバスが『独自の進化を遂げた宇宙でも稀な文明と位置付けられる』からでしたよね?
そのために、調査研究の学術チームが作られ、私は団長になったんです。
私はこの文明は残すべきと答申しますし、おそらくは総統も自らの版図にこのような文明圏があることを嘉したまうのではないでしょうか」
ゲレオン准教授の熱弁に、ダコールがブレーキを掛けた。
「総統のご意思は今は関係ない。
それを言い出したら、議論が進まない。
冷静な議論をお願いしたい」
そう言われて、ゲレオン准教授ははっとした表情になった。
科学者として、あるまじき論理だったことを自覚したのだ。神に相当するものを引き合いにだせば、議論など成立しなくなってしまう。
「……そうですね。
総統の意志の推測については撤回します。
ですが……」
「では、ゲレオン准教授、バンレート艦長の100年後への憂慮についてはどうお考えになりますか?」
ダコールの口調は、ゲレオン准教授に対する反論ではない。
あくまで中立の立場から意見を聞く者のそれだった。
「それは……。
それは、たしかに否定できないかもしれませんが、あの惑星に送ったドローンをすべて回収すれば、先進科学の産物を真似ることはできなくなります。
危険度は大きく下がるでしょう」
「その物言いは、危険な可能性を0にはできないと、ゲレオン准教授自ら認めていることになりませんか?
リスクは、ベットされるものによって評価を変えねばなりません。
今回賭けられるのは、我々の子孫全員の安全ですよ。
小さくとも、この危険は潰しておくべきでしょう?」
バンレートは、さらに反論重ねた。
「それを言い出したら、やはり議論にはならないのではないでしょうか?
リスクは、いくらでも針小棒大に評価できる。
そもそも、リスクとなるほどの異質な文明であるゼルンバスを、ろくに調査もしないうちに星ごと消滅させてしまうのは、未来の我々の子孫に対する裏切りではないでしょうか?
新たな科学が、ここから生まれるかもしれないというのに……」
ゲレオン准教授はさらに反論し、バンレートとの間で終わりの見えない舌戦に陥った。
「危険すぎる。
こちらが調査をしていること自体、ゼルンバス側から観察されて科学発達の糧にされる。
たかが20日ほどで、ここまでの進歩を遂げる相手だ。
100日後には、なにが起きているかわからないではないか」
双方とも、言葉を取り繕う余裕も失われていく。
「そうは言うが、今からでもゼルンバスと友好関係を築けるかもしれない。
その検討もなしに、一方的に不倶戴天の敵と見做すのは……」
「私の話を聞いていただいているのでしょうか?
友好関係を築きでもした日には、1年後にも逆侵攻されかねない。
100年後ならまだしも、1年後はまだ10万人の恨みは消えていない。なのに、友好関係を築いてとなれば、科学技術の供与は避けられない。こうなれば、100日後とはいわず、30日後にすらなにが起きているか想像がつかない」
「そもそも、10万人の恨みって、なぜ先制攻撃を掛けたんですか?」
「それだけのリスクがある相手だと分析したからだ。
案の定、リスクの塊だったではないか」
「なら、より慎重に行動すべきだったのでは……」
「もう止めろ」
と、ここでダコールがストップを掛けた。
「ゲレオン准教授。
まず1つ言っておきたい。
総統は、人口維持への一番の近道として常に人々にフロンティアを与え、景気を浮揚させ、心を過去に安眠させないようにしている。我々の宇宙征服の作戦もその政策の一環であり、総統とその政策は国民に支持されている。
これは、行政機構としての話であって、総統を引き合いに出して准教授の口を塞ぐ意図ではない。
以上のことを、准教授、言葉を発する前にお考えいただきたい」
「くっ……」
ゲレオン准教授は、下唇を強く噛み締めた。
納得はできないが、反論もできなかったのである。
ダコールは議題を変えた。
「落とし所の話は、ひとまず措こう。
ゼルンバスは、我々を原始人と呼び、その不完全さを指摘してみせた。
『友好を結ぶべき』とゲレオン准教授が仰るのであれば、我々側からも彼らに対して不完全さを指摘できねばならない。こちらの方にも、ゼルンバスより進んだジャンルが必要なのだ。
そうであって初めて、互角の尊重し合える関係を結べるのではないか?」
「……それはそのとおりかと」
ゲレオン准教授は拳を握りしめ、冷静さを取り戻すために自らの感情をコントロール下に置こうとしていた。ダコールの話の先が見えないからだ。
「ゲレオン准教授、こちらがゼルンバスに対して優位を保てるジャンルはあるか?」
「……思いつきません。
あったとしても、いずれも『今は』という条件付きになります」
ダコールはその答えを聞き、ふっと肩の力を抜いたように見えた。
そして、物静かな声で結論を出した。
「では、我々は48時間以内に攻撃に移る。
副司令兼艦隊旗艦艦長バンレートの危惧は、妥当なものと評価する。
本作線は、総作戦司令である私がすべて責任を取る。
作戦目的は殲滅とする」
「了解」
バンレートとギード軍医がそう応じた。
ゲレオン准教授は、あまりのことに言葉を失っていた。
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あとがき
軍人のリスク管理ですねー。
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