第94話 露呈する科学の限界
「……なるほど」
総作戦司令ダコールは、ゲレオン准教授とギード軍医の仮説の組み立てに頷いた。
「理解ができないものであれば、敵が『魔法』を使っていると仮定してしまえば作戦を立てられると思っていたが、その『魔法』が随分と具体的になってきたものだな。
情報士官パウル。
君に頼んでおきたい。
AIに今までの話、これからの話をインプットして、我々の科学による仮説を立てさせてくれ」
「了解です」
「その上で、その仮説の蓋然性がどの程度のものか、その仮説の分野の科学者に確認を取ってくれ」
「重ねて了解しました」
「さて、続きを片付けてしまおう。
先は見えつつあるんだ」
ダコールはそう宣言し、全員をぐるりと見渡した。
それを受けて、ゲレオン准教授が再び報告を続ける。
「次に私は、自分の身を守るために『私を殺すと、各国の上空に着いたドローンがお前たちの企みを暴露する』と取引を持ちかけました。
これは、総作戦司令と事前に取り決めてあったものです。
敵の最大版図であるゼルンバス王国は、惑星規模の命令系統の一元化のため、一国の王族を皆殺しにして他の国を従えました。その企みを暴露してやると脅したわけです。
ですが、返答は『面白い。存分に語るがいい。生命と引換えの喜劇だから、お前は死んでいて見られぬのが残念』というものでした」
この辺りはもう録音記録は残っていない。
ゲレオン准教授の記憶が頼りである。
「なるほど。
ブラフだな」
副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートが、即時に断じた。
「なぜです?」
ゲレオン准教授もまた、即聞き返した。
「つまり、敵の言ったことを縮めればこういうことだろう?
『やってみろ、殺してやる』だな。
他のところに比べて、論理が幼稚だ」
再び、座が軽く笑いに包まれた。
「なるほど。
私のブラフは効いていたんですね。
その時、知りたかった」
「小官ならそう解釈するな」
とバンレートがゲレオン准教授に応じ、ダコールも頷いた。
「ただ、ここから先は……」
報告を続けようとしたゲレオン准教授が、再び薄ら寒い表情になった。
心の底に刷り込まれた恐怖は、そう簡単には消えきらないらしい。
だが、ゲレオン准教授は数回深呼吸をすると、ゆっくりと話しだした。
「屈辱でした。
『お前たちのような原始人に、不意を突かれて10万人殺された。
強い者に殺されるのであれば、強者生存の理として諦めもつく。
だが、これでは知れば知るほど無念ではないか』と言われたのです。
さらに、我々が原始人である理由を……」
「残酷だとでも言ったか?」
バンレートが聞いた。
作戦のすべての責任はバンレートにある。今回の軍事作戦について、敵からの文句があるのなら、自分が聞いておかねばならなかった。
とはいえ、聞いておくのは職務上の責任だが、それを一笑に付すのもまた自分の権能のうちである。
「いいえ。
敵の声の語る論理は、そういう方向には向きませんでした。
先ほどの『生命は見え、触れられ、失われたら戻らず、測定できる』ということにも繋がるのでしょうが、こてんぱんでした。
例えばですが、我々は生命を知るのに直接それを見ず、肉体を通してしか見ることがない。
つまり我々は、自らの疑問に対し、答える以前に問題を提示することもできない。愚かではないかもしれないが、本質を知ることのできぬ原始人だ、と」
「……」
誰も口を開かなかった。
言いたいことはわかる。
わかるが、だからどうしろというのだろう?
生の定義、死の定義、さらにはその境界の定義の検討には長い歴史がある。だが、肉体を観察する以外にその検討の方法はない。
まさか、どうやっても科学的観察に耐えない「魂が肉体から抜ける瞬間」とやらに、生死の境界を定義しろとでも言うのだろうか?
宗教的には良いかもしれないが、あまりに非科学的で正確に事象を捉えているとは言い難い。
「我々は……」
ギード軍医が絞り出すように話し始めた。
「科学を持って事象を観察するのには、1つの方法で1つ明らかにする。
1つの空間に直線を引いて、その直線を境界にして白と黒に色分けするようなものだ。
2本目の直線、3本目の直線と観察の方法が増えるに従って、対象の形は明らかになっていく。円を描こうと思ったら、10本も20本も直線を引かねばならないし、それでも正確な円とは言い難い。
円を直接描く方法を、我々は持っていないんだよ。
それを言っているのだとしたら、ショックだな」
それを聞いたパウルが、ギード軍医に質問する。
「つまり、ここにある情報端末を説明するのに、重さ、縦横奥行きのサイズ、各所の材質、色コードで表すしかないということですね?
それでも我々は画像という方法でかなり正確に伝えられるが、あまりに限界が大きい」
「そうだ。
数値化に多大な労力が必要なものになると、最初から情報として抜け落ちる。
例えば、この情報端末の触り心地をどう伝える?
においをどう伝える?
この端末が出す音質をどう伝える?
電気的には440Hzの正弦波であっても、どこからその音を出すかで音質は大きく変わってしまう。それを第三者に直接伝える方法はない。
我々の方法論はあまりに不完全だが、それでも他のどんな方法よりマシなんだよ」
そう語るギード軍医の声は、無念さに満ちていた。
自分を「科学者の端くれ」と思っていればこその苦悩だろう。
ゲレオン准教授が、その無念さを受けて続ける。
「……敵の声は最後に言いました。
我々の身体には重大な欠陥があるのだ、と。
我々には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感しかない。だから、我々は重力も生命も見ることはできず、永遠に知の根源にたどり着けない、と。
我々はいろいろなセンサーも作ってきましたが、それらはすべて五感を延長するもの。
だが、その五感に捉えられないものをどう測り、どう応用するのか? と。
我々の構築しえた統一場理論はあまりに不完全なものなのに、その不完全さに気がつくことは永遠にない、とさえ言われました」
今や寂として、誰も身動ぎすらしない。
どこかの詐欺師の台詞であれば笑い飛ばせるのだが、こちらの艦を何艦も撃沈した敵の言葉である。しかも、その方法ですら未だにわかってはいない。
かつてゲレオン准教授は、この可能性をダコールに話している。
だが、これが現実となると、ここに集まっている面々による集団知すらなんの役にも立たないと宣言されたに等しい。
------------------------------------------------------------------------------------------------
あとがき
悲しいほどに多くの言葉を費やし、それでも「感覚」は伝えられないのです……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます