第93話 敵技術の想定


「我が星間国家の軍ですら、情報統制に失敗するなんてことがあるんですか?

 同国人として自画自賛かもしれませんが、現代の軍として最高峰だと思っていたのですが……」

 ゲレオン准教授が思わず聞き返すと、ダコールが答えた。


「さっきの火薬に絡むんだ。

 空中の窒素を固定する化学的方法は、火薬生産に繋がるからと機密指定されていた。なのに、まったく同じ技術が、宣撫工作の農業振興の一環として、肥料生産技術として機密指定されていなかったどころか、普及促進技術になっていた。

 現代の軍は規模が大きい。右手のやっていることを左手が知らない。右手と左手で、人材の専門性も大きく異なる。それゆえの失態だ。

 軍では、誰もが知っている有名な話だよ」

「当時、担当の情報管理官が何人も更迭されました。

 専門性を買われて士官入隊する人材にも、軍の入隊教育がされるようになった切っ掛けでもあります」

 パウルが補足し、やれやれと首を振った。


 ゲレオン准教授は、自分に語りかけた、威厳に満ち、冷酷で、恐怖そのものを体現するような男の声を思い出した。

 あの声は、そんな失敗を一番最初にカマしてくれていたのだ。

 そう思った途端、ゲレオン准教授も笑いだしていた。

 どれほど謎に包まれていても、所詮敵も人間だったのだ。


 ひとしきり笑いあったあと、ゲレオン准教授の表情はすっかり柔らかいものになっていた。

 集団知は素晴らしい。

 こうやって謎解きをしていけば、解けぬ問題などないという気になってくる。そして、絶対的恐怖だった敵の声すら、今なら余裕を持って接することができそうな気がする。



「で、ここでの問題は、敵が我々の言語を訛もなく使ってみせたということです」

 ゲレオン准教授はそう問題を投げかけた。


「そんなことはありえないと思うのだが……」

 ダコールが渋い顔で言う。

 ゲレオン准教授の体験が信じられないのではないが、なにか納得の行く説明がつくはずだと思っているのだ。

 同じことをこちら陣営では、量子コンピュータに連想プログラムを走らせ、超星間通信によって実現した。それですら完璧には程遠い。それだけのことを簡単に実現して見せられれば、そのハードルの高さを知っているがゆえにトリックを疑うのは当然である。

 しかも、訛もなくという辺りが余計に胡散臭い。


 その疑いを推し量ってだろう。バンレートが聞いた。

「ギード軍医。

 暗示なりで、相手が自分と同じ言語を話していると誤解させることは可能でしょうか?」

「答えは肯定アファーマティブでもあり否定ネガティブでもある。

 まず言っておくが、暗示は万能ではない。

 とはいえ、今回の件に限れば、問題はシンプルなのではないだろうか?

 結局のところ、意思の疎通自体はあったからだ。だから、まずはこちらの言語以外の手段で、その方法が想定できれば肯定にも繋がる。

 当然、その方法がないなら否定だ。

 極端な例だが、ゲレオン准教授が敵母星むこうの言語を熟知していれば、それをこちらの言語を使っていると誤解させることも可能だろう。だが、そもそも意思疎通ができないのであれば、誤解のさせようすらない。

 暗示云々は、そもそもそれからでないと、検討の俎上に上がらない」

「……なるほど」

 バンレートは頷く。


「でも、それは否定ということと同義ですよね。

 私は、敵母星の言葉など、ほぼまったく知りませ……」

 ゲレオン准教授がそう言うのに、バンレートが被せる。


「ちょっと待ってください。

 今のギード軍医の言葉を、そのまま受け取るのであれば……。

 問題は、意思の疎通の方法があれば、こちらの言語を使っていると誤解させられるということですよね。その方法とは、言葉には依らない、と」

「それは、私にもわかっていますよ。

 ですが、自然な会話と同等の言語外コミュニケーション手段など、とても想定できないのではないですか?

 手話だって、予め取り決めているからこそコミュニケーション手段になるのであって、取り決めなしに互いに謎のダンスを踊って会話になったら、それは奇跡です」

 ゲレオン准教授は、そうバンレートの言葉を否定した。


 そこへ、ダコールが割り込んだ。

「まあ、待て。

 ゲレオン准教授、ギード軍医。双方に問いたい。

 まずは、話の前提を変えようではないか。『生命は見え、触れられ、失われたら戻らず、測定できる』技術は可能なのだ。

 その上でだが……、生命が見えるとして、それをコミュニケーション技術に転用できないだろうか?

 あまりに抽象的質問で済まないが……」


 その問いに、まずはギード軍医が答えた。

「軍医としてというより、科学者の端くれして言いたくはないのだが……。

 病は気からという側面は否定できない。

 前線で負傷者多数で医薬品が不足し、仕方なく偽薬を与える例は多い。それでも、その偽薬を与えられなかった集団より明らかに生存率は上がるんだ。医学は、未だに科学で御しきれていないんだよ。

 だから、『生命は見え』という技術に、『感情』が結びついたとしても、私は驚かない。

 そして、『感情』が見えるとしたら、それはコミュニケーション手段として究極のものと言えるのではないか?」

「……」

 全員がギード軍医の言葉を反芻し、理解するのには若干の時間を要した。

 だが、理解したあとに反論は出ない。それだけの説得力があったのだ。


「……そう言えば、私はそのあとすぐに、真っ暗な部屋に閉じ込められました。

 以降の会話は、すべて暗闇の中だったんです。

 改めて考えると、これもなにか理由がありそうです。

 単に、私の恐怖心を高めるためだけとは思えない」

「その『生命は見え』というのが、光学的なものではありえないからな。だが、感覚的には視覚に近いのかもしれない。

 となると暗闇でも『見え』るのだろうし、暗闇がなんらかの点で有利なのかもしれない。例えば、光学視覚との感覚上の混乱が防げるとか……」

 ゲレオン准教授とギード軍医は、互いに仮説を組み立てあった。



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あとがき

ここからさらにどこまで考えられるのか……

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