第86話 洗脳、尋問


 飛竜旅団の団長への伝令が玉座の間から走り去ると同時に、レティシアが口を開いた。

「マリエット殿よりお伝えします。

 使者の方から武装解除の申し出があったゆえ、それを口実に敵をおびき出すとのこと。

 警戒させぬゆえ、あとはよろしくと」

「さすがはマリエットよ」

 王はそう言って、膝を叩いた。

 ぶっつけ本番なのに上手くいきそうなのだから、高揚するのも無理はない。


 そこまで流れができたところで、数瞬の時間的な余裕が生まれた。

 作戦が実行されている間、玉座の間では待つしかないのだ。

 その時間を活かして、大将軍フィリベールが王に問う。

「で、天からの敵に、一部始終、すべて見られていることはご認識かと思いますが……」

 使者を拘束したことが、即、天からの敵の攻撃に繋がる可能性を指摘したのだ。


「当然のことよ。

 駆け引きは、これより始まるのだ。

 あやつの生命、天からの敵にとって、そう重いものではあるまい。真に失いたくない者であれば、使者などにはせぬものぞ。

 だから、即の攻撃には繋がるまいよ。

 だが、失った途端に重くなるのであろう。この重さがどれほどのものかを、正確に見切る必要はあるかの」

「大義名分、というわけでございますな?」

 王の言葉に、フィリベールが確認をする。


 だが……。

「それは違う」

 王の否定は短く、明確だった。


「そもそも天からの敵は、攻撃時に大義名分を必要としていない。その証しに、我々は大義名分の通告なしで、いきなり攻撃を受けたではないか。

 これは、彼らが我らのことを同じ人とは見ていないという傲慢さの表れであるし、我々の報復を受けたときには、慎重にはなっても傲慢さを改めることなく、いきり立ってのさらなる報復に踏み込むことにもなろう」

「たしかに……」

 フィリベールは深く頷く。


「だが、今回の使者の拘束については、我々が明確に殺したという証拠がなければ、敵にとっては単に人質を取られたに過ぎぬ。

 人質は逆に攻撃を抑止するもの。かといって……」

「人質による開戦の引き伸ばしも、長くはできますまい」

「そういうことよ。

 このあたりの綱渡り、天からの敵が己の本性を自ら明かす、面白い観物になりそうよの」

 この期に及んで、さらに敵を観察すると王は言っている。

 勝つことはできなくとも、負けぬために最後まで手を打ち続けるつもりなのだ。


「では、あの者、聞き出すだけ聞き出したのちは、天からの敵に返してやるので?」

「素直には返さぬ。

 返すのはその心を支配したのちに、な。

 敵中に毒を放つのだ。

 敵中が混乱に陥り、結果としてこちらに和平を申し入れてくる、これが理想よ」

「……良きお考えかと。

 ただ、あの者、素直に支配されましょうや?」

「どのような意味か?」

 王は、フィリベールに聞く。

 自らの計画に齟齬があるとすれば、確認しておかねばならない。大将軍としてフィリベールの言は重いのだ。


「あの者が、他種族への使者となるのは、今回が初めてではなかろうということ。

 つまり、人質慣れしているやもしれず、すでに心の支配に対し、なんらかの手を打っているかも知れませぬ」

「……うむ。

 そちの言うとおり、それは言えるな」

 王はそう唸る。


「アベルよ。

 フォスティーヌに代わって答えよ。

 あの使者を支配できると思うか?」

 王がそうアベルに聞いたのは、フォスティーヌとレティシアは相変わらず術の最中で手を離せないからだ。


「わかりませぬ。

 ただ、心底の恐怖を味合わせれば、その反応でどのような経験を持つ者かは見切れましょう。

 人の心は、古い金属と同じ。

 負荷とそれからの開放を繰り返せば壊れるもの。恐怖とそれからの開放を数度繰り返せば、どのような者か、本性が露わになるかと」

「……なるほど。

 して、その負荷とはどのようなものを考えているのか?」

 と、これはフィリベールの問いである。


「天からの敵は、己の知に絶対の自信を持っておりましょう。

 そこを揺るがすのが良き手かと」

「その具体的な手とは?」

「よろしいでしょうか?」

 と、ここで王とアベルの会話に口を挟んだのは、クロヴィスである。


「話せ」

 王の許しに、クロヴィスは頭を下げて話す。

「先日、からくり師殿と話したのでございますが、敵の送り付けてきた円と直径の比の10桁、やはり実用的意味はございませぬ。

 この都の周囲に畑等まで含む真円の城壁を巡らせるとして、8桁目に誤差があったとして、その誤差は毛の太さほどにしかなりませぬ。さらに実際には、地形の影響が大きく、3であろうが、からくり師殿の使う3.14だろうが、使い物になりませぬ。

 桁数を求め、追求するが彼らの宿痾とすれば、その無意味さには気がついていないこと、そこを恐怖とともに徹底して突くがよろしいかと」

「なるほど、面白い。

 ただな、我々は敵のいう科学がいくらかわかるとはいえ、その本質まで掴んだわけではなかろう。意味無しと言い放ちすぎて、足元を掬われるは避けたい。

 そのあたりも留意し、追求するがよかろう」

「御意」

 王の言葉にアベルが答え、さらにフォスティーヌも頷いた。


「敵は、なにやらからくりでこちらの言葉を話していたが、こちらは他心通の術で直接にその心に問うことができる。

 相手の言葉を使っていると、誤解させられればよりこちらの手の内を晒さずに済むであろう。

 フォスティーヌ、それもできるか?」

 またもやフォスティーヌは無言で頷く。


「よし」

 王は、右手を顎の下に持っていく。

 どう天からの敵からの使者を料理するか、考えているのだ。

 そこへ……。

「天の敵からの使者、納屋に閉じ込めましてございます」

 レティシアの報告と時を置かずして、飛竜旅団の団長からも同じ報告が入った。


「では、先ほど話のとおり、徹底して恐怖を与え、聞き出せることはすべて聞き出せ」

「御意」

 ここで初めて、フォスティーヌは声に出して返答した。



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あとがき

さて、ゲレオン准教授、どこまでがんばれるでしょーか。

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