第79話 降下、着陸


 ドローンがスモークを吐き、精密な動きで空に図を描く。

 だが、同じ高度にいるゲレオン准教授に、その図は見えない。横から見ると、単なる煙の線の連なりでしかない。

 

 そうしているのもつかの間、ドローンは1機を残して飛び去っていった。

 下部カメラで地上の情景を確認すると、一番大きな建物の中庭に多くの人が集まってこちらを見上げているのが見えた。


「今、カメラでズームしている建物だが、放出熱量はどれくらいかな?」

「赤外線撮影データを出します」

「夜間も含めて、数日分、頼みます」

 ゲレオン准教授がAIにそう言うと、すぐさま別のモニターに画像が表示された。1時間半ごとの熱量変化が、動画として繰り返し再生されている。


 この大きな建物の熱量は他と別して多く、昼夜で波はあるものの夜中でも一定以上の熱を放ち続けている。

 工場なら昼夜で熱量が大きく変わるか、ほぼ変わらないか、だ。

 商店でも同じ特徴を持つ。

 人間が昼夜で活動の波を持ちながら、夜間でも一定以上の活動をしている大きな建物といえば、軍事施設、中枢行政施設などが考えられるだろう。


 着陸地点の決定は、ゲレオン准教授の一存に任されていた。

 この一番大きな建物は最初から王宮に相当するものと見込まれてはいたし、その熱量の動きも予め見てはいた。だが、最終的には空にスモークで描いた図を見たときの反応で決定することになっている。


 ゲレオン准教授がAIに対して初めてデータ呼び出しをするように話したのは、単に過去の経緯をAIとの会話に持ち込む必要性を認めなかったからに過ぎない。「もう一度見せてくれ」などと言ったら、AIを混乱させないために「もう一度」の説明が必要になってしまうのだ。


「あの中庭に降りられるか?」

「いくつか問題があります。

 滑空して降りるには狭すぎ、回転翼や重力場干渉して降りると、周囲の建物や中庭に出ているこの惑星の人類に損傷を及ぼす可能性があります」

「では、回転翼を使用して、可能な限りゆっくりと高度を下げたら、自ずからダウンウォッシュから身を守ってくれるのではないかな?」

「保証はできかねますが、可能性は高いかと思います」

 AIのこの回りくどさが、ゲレオン准教授には楽しい。


「では、高度200mまでは通常速度で。

 そこからは、高度が低くなるに連れて降下速度を落として欲しい。

 降下速度低下は、この惑星の人類の動きの速さも考慮してくれ」

「了解しました。

 いつ、降下を始めますか?」

「今、だ。

 空に描いた図が消えないうちでないと」

「わかりました。

 では、降下開始します」

 ゲレオン准教授はAIの返答を聞きながら、手のひらを空調の吹き出し口に晒した。緊張のあまり、汗が浮かんだのを乾かしたかったのだ。


 降下を始めた直後、中庭にいたうちの数人が建物に駆け込むのが見えた。

 これは良い前兆かもしれない。

 自分の身に迫る危険を、感じ取る力があるのだ。これなら誰にも怪我をさせずに済む。


 さらに高度は下がるが、操縦はAI任せである。ゲレオン准教授にできることは、高度計と中庭を映し出しているモニターを凝視する以外、なにもない。

「高度200m。

 降下速度低下します。

 降下制御を重力場干渉から回転翼に切り替えます」

「わかった」

 ゲレオン准教授の返事と同時に、周囲に大きな風切り音が満ちた。

 回転翼の生み出す騒音は、コックピットまで容赦なく入り込んでくるのだ。

 同時に、今までまったく揺れなかった着陸艇は、細かい振動と大きな揺れに見舞われた。


 静かに下りるという意味では、重力場干渉の方がはるかに優れている。

 だが、地上で待ち受けているこの星の人間は、ドローンを回収して分解しており、回転翼とはなにかを理解しているはずだ。

 理解できる方法をとった方が、相手の恐怖を減じられる。

 これがゲレオン准教授の判断である。


「高度100m。

 速度さらに低下」

 こちらを見上げている顔の集まりに、ゲレオン准教授は感情の働きを読み取ろうとし、自分との共通点の多さに感動した。

 目を大きく開けている者、目だけでなく、口まで開けている者もいる。

 ヒューマノイドであることはわかっていたが、ここまで共通点が多いと、胚種広布パンスペルミアにおける共通のDNA配布が飛び抜けて多かったのかもしれない。 


「高度50m」

 中庭に、武器らしきものは見えない。長尺のものを持っている人間もいない。

 これなら、歓迎されるはずもないが、いきなり殺されることもないだろう。


「高度20m」

 中庭は、回転翼が巻き起こすダウンウォッシュが吹き荒れている。

 こちらを見上げていた連中も、すべて避難している。

 ここでゲレオン准教授は、ふと不安になった。

 この風で建物のあちこちを破壊してしまったら、話がややこしくなるかもしれない。


「重力場干渉と併用して、ダウンウォッシュを減らせるか?」

「可能です。

 回転翼との併用なら、重力場干渉の範囲も狭められます」

「ではこれ以上、ダウンウォッシュを増やさない方向で」

「了解しました」

 AIの返事とともに、揺れていた機体が安定を取り戻した。やはり、重力場制御技術は、回転翼の技術より高度なことを実現できるのだ。


 ゲレオン准教授は、大学の量子コンピュータと結ばれた情報端末に加えてノートとペンを取り出す。

 この原始的な道具が、初期の意思疎通に最も有効な道具だというのは、5000年前から変わらない。


 着陸艇は、ゆっくりと王宮の中庭に降り立ち、回転翼もその動きを止めていく。

 中庭には静寂が満ちていたが、遠く王宮の外からは人のざわめきが聞こえてくる。ゲレオン准教授は、ハッチを開けてから話すか、話してから開けるか一瞬迷った。どちらもファースト・コンタクトとしては一長一短である。

 だが、意を決してハッチを開けることにした。



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あとがき

初めての来訪者になったんですねー。

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