第78話 大気圏突入、降下
大将軍フィリベールの言を受けて、ゼルンバスの王は言う。
「そのとおりだ。
材料がなければ、何事も判断できぬ。
その材料を与えに使者が来てくれるのだから、ありがたく受け取ろうではないか。ただ、それとは別に、レティシアを待機させよ。
使者の心を読みとるだけなら、相手から悟られることはなにもあるまい」
「御意」
魔法省の長、フォスティーヌが答える。
それに対し、王はさらに続ける。
「ただ、どうにもならぬこととは言え、レティシアしかこちらに切り札がないというのはあまりに心許ない。
例えば、天耳通の術のリゼット、なにか活かす使い道はないのか?
異国の言葉ゆえ、聞いてもわからぬというのは仕方ないにせよ、敵のことを少しでも多く知りたい。
なにか、考えられぬか?」
「お約束はできかねまする。
ですが、得られるものは使者の言のみに非ず。
そのすべてに耳を
「よろしい」
王の言葉にフォスティーヌは一揖する。
だが、リゼットの顔は、内心深く傷ついていることを示している。
ただでさえ、天耳通の術が役に立たないと思っていたところに、王のこの言葉である。実際は天から降りてきたからくりの解析など、役に立っていることは多けれども、天眼通の術や他心通の術、天足通の術に比べれば地味に見えるのは仕方がない。
自らの存在意義について、自信を失い、師となったアベルに一喝されもしたのだ。
「アベルよ、そろそろ敵が上空に現れる頃か?」
王は構わず下問を続ける。
「御意。
こちらに向かっている、そのすべてが減速を続けております。
乗っている者も、先ほどから明らかに落ち着きがない様子。
こちらと話す前提なのだと思われます」
「王宮の手すきの者は、庭に出て空を見よ。
その目にて捉えたものを報告せよ」
「御意」
そう応えて、王宮の間の儀官が数人、部屋の外へ走り出ていった。
「いよいよだの」
王は、口の中で呟いていた。
− − − − − − − − − − − − − −
「このまま周回軌道に入らず、一気に着地します」
着陸艇のAIが、ゲレオン准教授にそう説明した。
事前に聞かされていたとおり、計画に変更はないようだ。
一旦周回軌道に入り、管制の指示に従うのが本来の着陸方法だが、軍が作戦の一環として着陸する場合はそうならないことの方が多い。
1回周回すれば、1時間半からの時間を敵に与えることになるのだ。わざわざ敵に迎撃準備の時間を与える意味はない。また、恒星間航行を可能とする艦隊の着陸艇である。自力での大気圏外脱出は無理でも大気圏突入に問題はなく、艦体制御上からの周回の必要はない。
小さな窓から見えるドローンは、今まで貼り付いていたかのようにその位置を変えなかったのだが、徐々に離れていく。
これは、大気圏突入時の安全距離が、擾乱する要因が少ない宇宙空間より大きく取られているからだ。
「ドローンがプログラムされた画像を敵上空で描く間、着陸艇はその画像の中心の位置で上空待機します。
描き終わると同時にドローンは1機を残して敵惑星上の各地に飛び、着陸艇は着陸態勢に入ります。残されたドローン1機は上空から見守ります」
AIの説明は続く。
ここにも変更はない。
ゲレオン准教授からしてみれば、事前に知っていたことのおさらいのようなものだ。だが、ヒューマン・エラーはいつでも起きうる。それを避けるためにも、直前のアナウンスは重要なのだとレクチャーされている。
さらにAIは話し続ける。
「現地の気圧980ヘクトパスカル、気温20度、南西の風2m。晴れています。
上空まで大気は安定しており、スモークにて画像を描くのに支障はありません」
「それはよかった」
ゲレオン准教授はAIにそう応え、「返事は不要だったか?」と一瞬悩んだ。
「そうですね。
AIで補正できる範囲の風速ですから、極めて精度の高い画像が描けるでしょう。
大気圏突入まであと40秒。
突入後は軌道傾斜角が高いため、およそ10秒の通信途絶が予想されます」
「わかった」
軍用AIも相槌を打つことを発見したゲレオン准教授は、返事を返すことにした。
AI相手だと、一方的に説明させて無視を決め込むタイプもいるが、ゲレオン准教授はそうではなかった。
基本的に、異存在と話すことが楽しいと感じる性格なのだ。
「恐怖を感じていますか?
脈拍が速くなり、血圧も上がっています」
「大丈夫だ。
これは恐怖ではなく、高揚だよ。
なんといっても、ファースト・コンタクトなんだからな」
「わかりました。
では、大気圏突入」
そうAIが言うのとほぼ同時に、周囲に環境音が戻ってきた。
風切り音を聞くのは久しぶりだ。人の声はともかく、電子音と空調の音以外を聞くことはなかったのだ。
10秒という時間はあまりに短かい。
環境音に気がついたと思ったら、すでに着陸艇の翼は濃い大気を掴まえ、円を描いてゆっくりと降りていた。
ドローンも変形し、回転翼が本体から伸びて回っている。
しばらくは本体からの電池で高速移動するが、目的地に着いて巡航モードになったら、太陽電池でほぼ永久に稼働するのだ。
「通信回復。
ログは、母艦レオノーラに送っています。
2分後に目的高度に達します」
「わかった。
じゃあ、ダコール司令は、今の状態をモニターしているんだな?」
「はい。
話されますか?」
「いや、不要だ」
「わかりました」
ゲレオン准教授は、状況報告がされていることで安心を覚えたが、行動の前に感情を乱されたくはなかった。
だから、ダコールとの会話は断ったのだ。
心配されても、突き放されても、平常心でいるのは難しい。
だが、これからの1時間は、それがなにより必要なのだ。
「ドローン各機、スモーク噴射、円周率の図を描きます」
「わかった」
そう答えたゲレオン准教授は、きれいに見えている眼下の地表の街をしげしげと観察した。
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あとがき
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