第77話 ゼルンバス、玉座の間


「レティシア殿とリゼット、魔術師の中からは、この2人がデビュタント・ボール初めての舞踏会に出席だな。

 まぁ、2人とも共に踊ってくれる男はいないだろうが……」

 アベルの言葉は的を射ている。


 魔術師の女性は、どれほど知に長け、美に勝ろうとも、その手を取る男性はいない。

 治癒魔法ヒーリングや召喚魔法を超え、術に通じた魔術師は国宝に等しい。そして、国宝の因が天耳通の術や他心通の術を使うなどということであれば、どんな男も皆、敬して遠ざけたいと思うのが関の山である。

 さらには、あわよくばと考えるのが男の性だとしても、公式中の公式行事であるデビュタント・ボールの場では、さすがにその勇気は湧かない。

 

 もちろん、性別が逆転しても同じことだ。

 一昨年のデビュタント・ボール、クロヴィスが出席したのだが、共に踊ってくれる女性はいなかった。

 会場に入った瞬間、潮が引くように自分の周りから女性だけでなく同性までがいなくなった辛さに、クロヴィスは耐えた経験がある。魔術師として目覚める前にいた友人たちでさえも、クロヴィスの前には立たなかったのだ。


 まぁ、レティシアとリゼットが2人で出席できるのは、心に刻まれる傷の深さという点では、救いになるだろう。少なくとも、孤独ではない。


 だがその一方で、レティシアに男の誘いがないことに、クロヴィスが安心を見出しているのをアベルは見抜いていた。

 いくらクロヴィスがレティシアに対する感情を押し隠していても、師のアベルの目には一目瞭然だ。これに天眼通の術など不要だ。

 おそらくは、辺境伯モイーズも、レティシアの母のフォスティーヌも、同じものを見抜いているだろう。

 そして、デビュタント・ボールに出席したのちのレティシアを、クロヴィスは大人同士として公然と口説くことができる。だが、そのような勇気を持てないことも、同じく見抜かれている。

 裏を返せば、魔術師としての責任感に逃げ込み、勇気のなさに目を瞑っているのだ。



 内心でため息を吐きながらも、安心し油断しているクロヴィスにアベルの厳しい声が飛んだ。

「天を見ろ!

 からくり5つと、小型だが人が乗っている金属の箱が月軌道を超えて侵入した!」

 クロヴィスは、魔素の吸集・反射炉の外に通じている呼び鈴の紐を引き、視線を天に向けた。同時に指先を吸集・反射炉にかざし、魔素の体内消費を抑える。


 今までに何度も見てきた、敵の放った空を飛ぶからくりである。特に変わった点は……、ある。

 何やらタンクを増設してあって、そこにはなにかの液体が満たされている。5つのからくりすべてに、だ。それ以外変わったところはなく、表面に描かれた円とその半径の関係を示す文様もない。


 視線を転じれば、小さな箱に男が1人乗っていた。

 小さな箱といっても、翼を広げた鳥のような形をしている。

「武装していませんね」

 クロヴィスの声に、アベルは頷いた。


「いかに目を凝らしても、魔素を充填して魔法効果を撃ち出す魔素笛ピーシュも持っていないし、剣もないようだ。

 もしかしたら、これは敵からの使者かもしれぬぞ」

 師の言葉に、今度はクロヴィスが頷いた。


 そこへ魔法省の女性書記官が、ぱたぱたと足音をさせて魔素の吸集・反射炉の間を覗き込む。呼び鈴を聞いて、走ってきたのだ。

「かねての手はずどおり、すぐに玉座の間に知らせを。

 敵襲!!」

 アベルの声に、女性書記官は身を翻して走り去る。顔色が一瞬で紙のようになっていた。


「充填済みのキャップを1つ外し、それとともに我らも玉座の間に行く。

 その間、片時も目を離すな」

 アベルの指示で、クロヴィスは台車を転がし、師弟の2人がかりでキャップを乗せた。実質金の塊なのだから、その重さは相当なものだ。

 そして、台車を押して小走りに走り出していた。




 アベルとクロヴィスが駆け込んだとき、玉座の間には、すでに王とその臣下が揃っていた。他の魔術師も簡易魔素炉の前の定位置についており、他国の王室とのチャンネルも開かれていた。


「カリーズの魔術師より、戦場の使者ではないかと連絡があった。

 どう見ている?」

 と、いきなりの王からの下問である。


「おそらくは、

 ただ、そう言い切るは早計かと」

「なぜか?」

「確かに武装はしておりません。

 人数も1人きり。だからといって、害意がないと見做すのは……」

「それはそうだ。

 今は、どこにいる?」

「月とこの地との中間を越え、減速しております。

 まもなくここ、マルーラの上空に達する見込み」

 矢継ぎ早に、現状確認が行われる。


「諸国に伝えよ。

 マルーラに敵が来る以上、ゼルンバスがこれに対処する。

 諸国の王の助力に期待する、と」

「御意」

 簡易魔素炉に向かっている、魔術師たちの声が揃う。


「続いて、外務省ラウル。

 これは、敵に対し、かの円と直径の比の図を祀ってみせた結果だと思うか?」

「御意。

 間違いなく。

 話すべき相手と、思わせられたのでしょう」

「では、次は使者に対し、いかに誤った知識を与えるか、いかに正確な情報を引き出すか、だな。

 魔法省フォスティーヌ。

 娘のレティシアを出せ。使者の内心をすべて明らかにさせよ」

「御意。

 ただ、それに関してでありますが、魔素と魔術を知らぬ敵の使者は、どのようにこちらと話すつもりなのでしょうか?

 その見切りができぬと、レティシアを出すこと自体が敵に手を曝すことに……」

 さすがのゼルンバスの王が、一瞬黙り込んだ。

 即答できなかったのである。


「まずは、敵の第一声を待とうではありませんか。

 それを聞けば、使者がどのような考えで来たのか、すぐにわかること。

 使者でなくても、ここまで来るからにはなんらかの行動を示すはず。回答を幾ばくかでも引き伸ばし、時を稼げればその間に検討できようというもの。

 今は慌てぬことが肝要」

 大将軍フィリベールの鷹揚な言葉が場を救い、王はそれに頷いた。



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あとがき

いよいよ使者が来ました……

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