第80話 コンタクト


 空に大きく、円と直径が白い線で描かれていく。

 それを見た何人かの儀官が、報告のために玉座の間に駆け戻る。


「余も見てみようか」

「お控えくださいませ」

 ゼルンバスの王の言葉に即座に反対したのは、大臣ヴァレールである。


「危険のみならず、敵が空から監視していることを考えると、その前に玉体を曝すは……」

「わかった、わかった」

 大将軍フィリベールも言うのに、王は辟易した顔になって遮った。


「だが、蒔いた種が芽を出したようだの。

 円の図を祀ってみせたことで、くみしやすしと思っておるのだろう。

 これで、一手先んじたな」

 王の言葉に、外務省の長のラウルが一揖する。この案の提案者として、褒められたことに対して礼をしたのだ。


 そこへ、再び儀官が駆け戻ってきた。

「引き続き、翼を持った有人の箱も、天から降りてきます」

「どうやら、王宮を目指しているようでございます」

 補足をしたのは、アベルだ。


「では、中庭周りを、飛竜旅団に守らせろ。方法については団長に一任する。

 ただ前回と同じく、見せる武器は長剣のみとせよ。魔素笛ピーシュの使用は禁じないが、見えぬところに隠しておけ。飛竜は見せてはならぬ。

 今回はからくりだけでなく、人が乗っている。その者に、魔法を見せてはならぬ」

「御意」

 そう返事をした大将軍フィリベールの伝令が、玉座の間から駆け出していく。


 さらに続けて、天眼通の術で天から降りてくる敵の使者を見つめ続けている、アベルの声が玉座の間に響く。

「ゆっくり降りてきますが、中の敵の使者は、周囲のからくりになにも触っておりません」

「攻撃の意図はないということか?」

「そこまで踏み込めませんが、なにかを準備しているふうはありません」

 アベルは、王の問いに答える。


「なにか話しているのが聞こえまする。それによって操作しているのやもしれませぬゆえ、からくりに触らないからといって、無為と判断するは早いかと。

 それに、回答しているのは人ではないかもしれません」

 王とアベルの間に割り込んだのは、天耳通の術のリゼットである。


「人ではないとは、どういう意味か?」

「話し方が妙に平坦です。

 言葉はわかりませんが、人が話すのであれば感情の動きが重なるはず。さらには、ゆらぎも重なりまする。ですが、それがありませぬ。

 そもそも乗っているのは1人ということも考えれば、からくりが話すということもまたあるのかも……」

「そのようなことが……」

 リゼットの言葉に、内務省のマリエットがうめいた。彼女は、真っ先に天からの敵が寄越した空飛ぶからくりの詳細の報告を受けている。


 それに対して、末席に控えていた王都のからくり師が口を開いた。彼は、マリエットの命令により、空飛ぶからくりを分解した。そして、その第一人者としてここにいるのだ。

「あのからくりを分解したとき、音を聞き、記録する仕組みがありました。

 他にそれを送ることが前提と考えると、からくりが話すということは、それほど突飛とは思いませぬ」


「言われてみれば、中の使者の口が動くたび、からくりの複雑に絡み合った銅や礬素ばんそ(アルミ)が光っております」

 魔素ではないものの、それに似た敵の技でございましょう」

 と、これはクロヴィスである。


「となると……。

 ここに来るのは1人であっても、その背景には数十も数百もの人間がついていると考えるべきでございましょうな。

 というより、だからこそ、1人で来れたのでしょう。

 さらに忘れてはならぬのは、ここから飛び去りし4つのからくりもあり申した。

 あれも、どのようなことを企んでいることやら」

 大将軍フィリベールの指摘に、王は頷く。


「各国の王へ、空飛ぶからくりが貴国上空に達するやもしれぬと連絡を。

 ただし、自重せよ、とも伝えい」

「御意」

 簡易魔素炉の前の魔術師が、手をかざして他国と連携を取る。


 そこへ再び儀官が駆け込んできた。

「敵の金属の箱、回る翼にて、いよいよ降りてきもうしました。

 その風たるや凄まじく、皆、一旦王宮内に入っております」

「それでよい。

 皆の者、ぬかるな。

 特に魔術師の面々、機に応じて、前回と同じようにフォスティーヌの指揮下に入れ。

 敵の一声を聞いたら、その内容で対応者を決める。それは、余も例外ではない。

 皆、自らがその任に就くと心しておけ」

「御意」

 臣下の声が揃う。


 からくり師を始めとする数人の外部からの招聘者は、咄嗟に唱和できずにまごついていた。



 − − − − − − − − − − − − − −



 翼を広げた着陸艇の開いた上部ハッチから、ゲレオン准教授は身を乗り出す。

 翼の先の回転翼は、ゆっくりとその動きを止めようとしている。

 

「あ、あー。

 私は……」

 と言いかけて、ゲレオン准教授は言葉に詰まった。

 これから准教授の話すことは、准教授の情報端末から艦隊旗艦アーヴァー級レオノーラを経て、膨大な星間距離を超えてヴィース大学の量子コンピュータに転送される。

 そして、量子コンピュータで即時に翻訳され、逆の経路をたどって情報端末までたどり着いたのち、着陸艇の外部スピーカーから出力されるのだ。

 相手が話したことも、同じ経路で翻訳されて、ゲレオン准教授の耳に達する。


 当たり前のことだが、その際に固有名詞は翻訳されない。翻訳が極めて不完全な今、国名や自らの肩書を延々と名乗っても、いたずらにこの惑星の連中を混乱させるだけかもしれない。

 平易な言葉遣いから始めるべきであろう。


「私は、天からこの惑星を襲った者たちの使いです。

 組織が違うので、この惑星を襲った者たちの仲間というわけではありません。

 相互のために、話がしたい」

 返ってきたのは沈黙である。


 なにか返してもらわないと、翻訳の精度が上がらない。このまま黙殺されるのは、想定してきた中で一番辛い事態だった。

 ゲレオン准教授はそれを恐れた。



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あとがき

いたいけなゲレオン准教授が、矢面に立てるのかな……


と心配していますw

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