第67話 指揮官の孤独
「はっ、そのようなことは……」
「いいえ、まったく」
「データは、生データまで含めてお送りしておりますし、手を加えてはおりません」
「はい、お疑いなら、存分にお調べを。
こちらとしても、それでなにかしらの仮説をいただければ、それがなんであれば助かります」
総作戦司令ダコールも、本星の総統府に敗戦の挙げ句の状況報告をするとなれば、このような口調にならざるをえない。
いくら方面軍のトップとはいえ、軍組織の中ではまだまだ上がいくらでもいるのだ。
単なる敗戦報告なら、まだいい。
辻褄が合わぬ今回の敵惑星の報告は、なにかと総統府の統合司令部の疑惑を呼んだ。
皮肉にも、ダコールでなかったら、本星は早々に方面軍総作戦司令の首のすげ替えをしていただろう。
多数の士官が詰めている艦橋で、方面軍総作戦司令が叱責される通信はさすがにできない。
そんなことをしたら、総作戦司令の権威が保てなくなり、ひいては軍組織の崩壊に繋がりかねない。なので、ダコールの私室での通信となるわけではあるが、これは唯一の息抜きの場を奪われることをも意味した。
通信を切ったあと、深々とため息を吐くのもまた仕方ないことだったのだ。
そのため息を吐ききったタイミングを窺っていたように、ドアがノックされた。
副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートである。
「総作戦司令、想定外の……」
「……またか」
ダコールは深々と吐いたため息を、再度繰り返した。
この調子であれば、朝晩のノルマとされている体力維持トレーニングの肺活量維持の項目は、なにもしないでも満たせそうだった。
「座って聞くのでいいか?」
「ダメと言ったら、座らずにいますか?」
バンレートに言い返されて、ダコールは3回目のため息を吐いた。
おそらくは、落ち込んでいる自分のために、バンレートは戯言を口にしたのだ。だが、あえてその気遣いに気が付かないふりでソファに腰を下ろすと、ダコールは目で報告を促した。
報告を艦橋ではなく、ダコールの私室で行うとバンレートが判断したのであれば、相当にイレギュラーな事態ということになる。
だが、少なくとも、秒を争うような事態でないことだけは救いだ。
「偵察衛星が、新たな映像を送ってきました。
敵惑星の連中……」
「いまさら言い澱むな。
なにがあった?」
「こちらが送り付けた円周率の活字の巨大なモニュメントを作って、みんなで拝んでます」
「は?」
さすがにダコールは言葉が出ない。
とはいえ、ダコールは記憶の底から、かつて読んだ他の方面軍の報告書を思い出していた。
「似たような事例報告を読んだ覚えがある。
たしか、機の故障で機体を軽くするために積荷を捨てたら、次に行った時にその機が神として崇められていたとかなんとか……」
「はい。
小官もそれを思い出しました」
不意に、ダコールは果てしない疲れを覚えた。
敵との腹の探り合いの日々に、心底倦んだのだ。
「……もう中性子爆弾使って、根こそぎにしてしまおうか?」
そう呟いたダコールに、バンレートはそのまま素の態度で応じた。
「了解しました。
さっそく艦橋に命令を伝え、発射準備にかかります。
ただし、殲滅兵器ゆえ誤爆は許されません。確実な措置が軍規によって求められておりますから、敵の対応を予測し、妨害に対する具体的対抗措置の実行命令を……」
「わかった、わかった」
ダコールはそう言って、ソファの上で仰向けになるほど背もたれに身を預けた。
バンレートは、これもわかって言っている。
ことここに至ったら、なにをしようがダコールの背負った荷が軽くなることはないのだ。「敵の対応を予測」できるのなら、最初から苦労はしていない。
「1分、待ってくれ」
「了解しました」
ダコールは目を瞑り、漏れてしまったため息ではなく、意図しての深呼吸を繰り返した。
ダコールは、故郷のこと、初めて宇宙に出た日を思う。
好きな娘もいたが、もはや人妻であろう。だが、若き日にその娘に星を1つプレゼントすると決めたから、軍人としての栄達を目指したのだ。
今のダコールであれば、公私の区別などというめんどくさい論理抜きに、星の1つくらいどうとでもなる。だが、それは自然環境の厳しい死の星だけだ。人が住めるような星は、未だダコールの権限ではどうにもならない。
ほぼルーチン化している心の立て直し作業を終えると、ダコールは再び前を向いた。そこには、ダコールの育てた後輩が、真面目くさった表情で待っていた。
それを見たダコールは、「自分が過ごしてきた時間は、少なくとも優秀な士官を何人か作れたのだから、無駄ではなかった」と思うことができた。
それは、もう少しだけでも、指揮官の孤独という背の重い荷物を軽くし、再び負い続ける気にさせてくれる事実だった。
「これをご覧ください」
ダコールが自らの心を立て直したのを察し、バンレートは端末に偵察衛星からの画像を映し出した。
「これは、敵の手によって合成されたものか?」
真っ先に、ダコールはその確認をした。
「少なくとも、これに関してであれば画像処理の痕跡は見られません」
「……では、実際にこれは起きていることなのだな」
そう呟いて、ダコールは画像を観察する。
「戦術分析班も見たのか?」
「はい。
フェイクだとの意見が多いです」
「なぜだ?」
「そもそも、恩恵がまったく与えられていないのに、
ごらんください。
円周率の数字が、色とりどりの、おそらくはこの惑星の花に相当するもので、飾り付けられております。
恩恵ではなく小惑星弾で与えた被害から、災害や恐怖をもたらす者として信仰の対象となったのだとすれば、花だらけにはしないのではないか、と」
「なるほど」
ダコールは、画像から目を逸らさせずにそう応じた。
その分析は、妥当なものだと思う。
だが、ダコール艦隊の艦を何隻も撃沈せしめた敵の行いとしては、これはあまりにそぐわない。
敵の科学技術の程はわからないが、合理という思考経路がなければ、あのようなことは不可能なはずなのだ。
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あとがき
ま、人を動員して拝む演技をさせるのであれば、魔素は使わなくて済むのですw
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