第66話 対応策
クロヴィスは、一瞬考えたのちに口を開いた。
「冬、防寒服を着ると、どこかに触る時に指先が光り、痛みを感じるときがありまするな。
その光にも似ております。
その光る直前、指先と触るものの間に、一種の緊張した関係が見て取れまする。その緊張を感じ、指先を遠ざければ光は発しませぬ。
稲光のときは、空と大地に同じ緊張した関係が。
王に問われてみれば、それと同じ一種の緊張した関係が、今回のからくりに積まれた光の源ともいうべき塊から出た、2本の線に見ることができることに気が付かされ申した」
「なるほどの。
おそらくは、それが魔素を使わぬ敵の技なのであろうよ……」
王は、半分釈然とせず、だが半分は納得したという顔になった。
「これらは、魔素に似て、魔素にあらず。
それゆえ、天眼通以外の術では感じること能わず。
どう利用するか、その則もわからぬゆえ、手つかずのものでございますな。
ただ、ここまで利用できるものであるならば、これから先、研究を重ねる余地はあるかと」
「そうだの。
マルーラの学院に、予算をつけておくべきやもしれぬ」
王は、アベルの補足に、そう頷いた。
CPUやメモリといったVLSIの稼働状態を天眼通の術で見ても、高周波過ぎて人間の感覚ではその動作をとても掴めない。
フレミングの左手の法則についても想像すらしていないから、電気の流れが動力として使えるとも思っていない。
なので、アベルとクロヴィスは、電圧を光として見ていてもそれ以上のことはわかっていない。論理回路とソフトウェアの概念も当然ないのだから、真の理解には程遠いのも仕方がない。
だが……。
「発言、許されたく……」
「マリエット、なにか?」
「ひょっとして、でございますが、光の源ともいうべき塊、さらにはその光を使うにあたり、先ほどの円と直径の比が重要なのではございませぬか?
ならば、我々にとって、敵の意図が掴めぬは道理。
立場を変えてみれば、魔素を知らぬ敵に、魔素を扱う技を問うてその階梯を知ろうにも、敵は困惑するばかりで答えは返ってきますまい」
それを聞いた王は、思わず手を叩いた。
「マリエット、見事なり!
上出来である!」
王は手放しでマリエットを褒めた。
一瞬の間をおいて、マリエットの言が腑に落ちた他の者たちからも、同意と賛嘆の声が漏れる。
王は、マリエットの言を確定したこととして、次の方策を考える。
「ならば……。
わかった風を装って11桁目を答えても、所詮は付け焼き刃にしかならぬ。
この手には乗れぬところだ。
だが、フォスティーヌの言うとおり、この問答をしている間は敵が攻めてこないというのであれば、その手に乗ってみせるのは良いことだろう。今は、少しでも多く魔素を貯め込みたい時。
なにか、この状況の中、敵の上を行く手の案はないか?」
「1つ、思いつきがございます」
外務省の長のラウルの言である。
「言うてみよ」
王の言葉に、ラウルは一礼して話し出した。
「発現の許しをいただき、これから話すにあたり、まずはいくつか共有すべきことがございます。
魔法の術を突き詰めるにあたり、王の学院への予算下賜、それを受けての魔法省の長フォスティーヌ殿を始めとする魔術師たちの日々の研鑽、皆様、知っておりまするな?」
無言で、その場にいる者たちは頷いた。
まだ前置きだから、誰も口を開かないのだ。それに、これは誰もが知っていることの確認に過ぎない。
「それを敵の円と直径の比の10桁と照らし合わせ、マリエット殿の話とさらに重ね合わせると……。
このラウル、正直、天からの敵に馬鹿にされている感が否めませぬ。
敵は、我々の階梯を知るために10桁という階梯を選びました。魔術師たちの努力の成果を敵の円と直径の比の10桁と比すならば、初歩も初歩、
所詮、からくり師殿が申される、「それなりに大変かと」程度のことなのでございます。
そして、からくり師殿には申し訳ないことながら、からくりは苦労に苦労を重ねて作れども、魔術ほどの成果は得られぬもの。とはいえ、この3.14だかは、我らにとってあまりに隔絶した価値観であり、異星の異なる神となりうるものかもしれませぬ。
さて、今回の件が起きてから、柔軟、強硬とさまざまな交渉をしてきました。
ですが、どれも真摯なもので、未だ積極的に『話が通じぬ』という手は使ってきてはおりませぬ。ですが、今回こそ、
そして、敵を天から訪れし者と考えると、海を挟んだ南の国カリーズの逸話が思い出されます」
「まさか……」
財務省パトリスの呻きに、ラウルは応えた。
「その、まさかでございます」
と。
ラウルの言う、「訪れし者と海を挟んだ南の国カリーズの逸話」とは、こうである。
はや、300年も昔の話である。
カリーズは南に位置し、地には果物が溢れ、海の恵みも多い。食べるものには困らぬ楽園であった。
そして、それゆえに魔素の供給も潤沢ながら、魔法技術は発展しなかった。
日々の生活において、
その地へゼルンバスの探検家が初上陸した時、本国との連絡手段として簡易魔素炉を設置し、ゼルンバスの魔素動力による高度な産物でカリーズの民を手懐け、それなりの調査後その場を去った。
2年後、再訪した探検家は、自らが設置した簡易魔素炉が花で埋め尽くされ、あまつさえ、原住民の家には植物のツルで編んだ簡易魔素炉もどきがあるのを発見した。
そのどちらもが、原住民の祈りの対象になっていたのだ。
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あとがき
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