第68話 カーゴカルトの裏の思惑
戦線は膠着した。
必ず再び戦火の渦が巻き起こるにしても、双方ともに自ら動けない理由があった。
必然が偶然を産み、その偶然が必然としてこの状況を生んだのだ。
まず、ゼルンバス王国側の思惑としては、魔素を貯める時間がなんとしても稼ぎたかった。だから、姑息とも言える手を採った。
天からの敵が円周率の10桁以下の詳細を問うたのに対し、まったく知らない、知らないからこそ祀るという素振りを見せたのだ。
これは、天からの敵のテストともいうべき問いに白紙回答し,かつ無視もしない、邪険にすらしないという姿を見せるというのが主目的である。
いきなり攻撃されないための計算が、この演技の裏にはある。
その裏とは、天からの敵は混乱した挙げ句の攻撃はしてこない、という読みである。そもそも、艦隊の1割を撃墜した段階で、魔素は使い果たされていた。そこからさらなる攻撃を畳み掛けてこられていたら、ゼルンバスの玉座の間を中心とした魔法王国側はなにもできず、この惑星の文明は灰燼に帰していただろう。
なのに、敵は慎重で、まずは距離を取ることを選んだ。
ここから、ゼルンバスの王の臣下、外務省の長のラウルは、「敵は手堅く負けない戦いをしている。ゆえに謎は解明し、打てる手は打ってから攻めてくる」と看破した。
外交とは、自国の利益を最大限に確保するための合理的判断の積み重ねである。
天からの敵も、それをよくわかっている。手堅く負けない戦い方は、それを示している。
そして……。
そのような戦い方であれば、外務省の長のラウルの
だから、裏をかいたのである。
なら、こちらは勝とうと思わなくてもいい。答えのない問いを投げかけてやれば、天からの敵は優秀さゆえに勝手に思考が堂々巡りし、完璧なはずの作戦に
この策に対し、必然ともいうべき幸運が味方していた。
それは、魔素が足りない今、それを大量に消費する魔法省のフォスティーヌの魔術は使いにくい。なので、天からの敵が記した円周率を祀る姿を見せるのに、ゼルンバスの王は、フォスティーヌの魔術によるイメージの具体化を選ばず、王都マルーラの民を実際に動員したことである。
フォスティーヌのイメージを具体化する術は、極めて高度な魔術だった。
だが、それでもそのイメージを録画して何度も見られることなど、まったく想定していない。コンピュータでの画像解析によって、微細な齟齬までが洗い出されるなどということも想像の域を超えている。
だからこそ、ゼルンバスの王も、将軍府も、魔法省ですら、天からの敵の偵察衛星にフェイクを見せていることが、すでにバレているなどとは想像もしていない。
そのような泳がされている状態の中で、王都マルーラの民を実際に動員した映像は、総作戦司令ダコールの思考を抜け目ない方向に誘導した。
敵の行動の謎自体を利用することだ。謎の解明はひとまず保留である。
ダコールは、ラウルの手に乗らなかったのである。
画像加工の痕跡がないことから、円周率を祀る敵惑星の民とその文化の存在は真のものと判断される。そこから、彼我の文化・文明の距離はあまりに過大であり、独自の進化を遂げた宇宙でも稀な文明と位置付けられる。
この考察にそってダコールによる敗戦報告は再構成され、母星に報告された。その結果、宇宙文化人類学の学術チームが派遣されてくることになった。
滅ぼしてしまっては取り返しの付かない観察対象に、敵の文明圏は昇格したのだ。
これ自体はダコールの戦術的行動の選択肢を狭めたが、得るものの方があまりに大きかった。
まず、宇宙文化人類学の学術チームが派遣は、ダコールの負担を大きく減らした。
敵の文化・文明に対する考察の手間が、完全に省けるようになったのだ。敵の文化・文明を理解しておかないと、敵の手が読めない。だが、軍人が文明論にばかりかまけてるわけにもいかない。
その辺りの思索のワークシェアは、ダコールのもう1つの狙いだった。
次に、宇宙文化人類学の学術チームの派遣は、それ自体が実績となった。
総統の誕生日に戦勝報告はできなくても、総統が持つ財産としての宇宙に、変わり種の世界が付け加えられたことはめでたいこととされたのである。
そして、その世界を発見した功をもって、統合司令部の判断でダコールの敗戦は覆い隠されることになった。当然、軍の身内を庇う意識が働いたという一面もある。
最後に、宇宙文化人類学の学術チームの派遣には護衛するための小艦隊が同行し、そのままダコール艦隊に配されるというダコールの思惑どおりのものとなった。
ダコールは、敵の行動を敵に対して返さず、母星への工作に使ったのである。
結果として……。
円周率を祀る行為は、ゼルンバスを始めとする魔法王国にとって確実に魔素補充の時間を稼いだ。キャップも新造されたし、そこには魔素が充填されている。
魔術師は、不安なく上位魔法を唱えることができるようになった。
次の戦いの際には、全艦撃墜すらも不可能ではないと考えられ、外務省の長のラウルの功績は極めて大とされた。
その一方で円周率を祀る行為は、総作戦司令ダコールによっても利用され、完全にその艦隊編成は回復した。
宇宙文化人類学の学術チームの調査の間にも、補充された艦を含めた艦隊行動の練度は上がり、その行動は洗練と言っていいものとなっていった。
まずは月軌道外からのロングレンジ攻撃が主体になるにせよ、どこかで揚陸作戦は必要となる。そのためには、この練度が必要なのだ。
再度の激突は近いと、誰もが考えていた。
そんな中、ダコールは宇宙文化人類学の学術チームの団長に、報告の時間をとって欲しいと要請された。
ダコールは、団長を旗艦レオノーラの自室に招き、話を聞くこととした。
決戦の準備を整える中で、ダコールは敵に対する有意義な情報が得られるものとして、この会談に大きく期待していた。
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あとがき
それぞれが、状況をいいように利用するのですw
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