第64話 円周率と平方根


 魔法省の長、フォスティーヌが割り込んで言う。

「天からのからくり、それはからくり師と同時に魔術師も見た方が良いかと思いまする。

 また、郊外に落ちたものは召喚すれば探す必要もなく、すぐにも確認することができまする。

 なので、マリエット殿、そのからくり師を呼び上げる先は魔法省にしていただけませぬか?」

「おおう、それは良い案」

 理知的な紫色の瞳を輝かせて、マリエットはフォスティーヌの案に同意する。


「そのように致せ」

「ははっ」

 王の許しを得たマリエットは、背後の内務省の書記官に命令を下す。

「クロヴィス、そなたもからくり師と一緒に見てくれぬか?」

 同時にフォスティーヌも、婉曲な命令を下した。

 クロヴィスは、一礼してそれに応えた。




 敵から送りつけられてきたものは、罠の可能性があるものだ。

 病原菌がついているかもしれないし、致命的な大爆発を起こすかもしれない。だが、玉座の間の面々は、そんなことを疑いもしなかった。

 病気など、一番の基本である治癒魔法ヒーリングで治ってしまうものであるし、爆発するようなものが積まれていないことも天眼通の術のアベルとクロヴィスが見ている。だから、この惑星の国々の間では、そのような罠は意味がないから最初から存在しない。それが、常識である。

 なので、郊外にゆっくりと着地したドローンは即座に魔法省内に召喚され、分解されることになった。



「ここが気持ち悪いので、布を掛けておきますね」

 言っている内容に反して、全然気持ち悪く感じていないであろうからくり師は、ドローンのレンズに黒布を掛けた。

「いやぁ、これ、天からの敵のもんなんでしょ?

 敵から見られているってのは、嫌なもんですからね」

 そう朗らかに言ってのけるからくり師に、クロヴィスは複雑な気持ちになった。


 自分が天眼通の術の魔術師と知ったら、このからくり師はどう反応するのだろうかと思う。

 ただ、その割り切れない感情はすぐに雲散霧消した。


 眼の前のからくりは、内部の至る所が光っていた。複雑に絡み合った銅や礬素ばんそ(アルミ)がきらきらと瞬いている。

 月軌道までの距離から見るのと、眼の前で見るのとではやはり具体的なディテールが全然違う。

 前に、海の底から召喚したこのからくりは死んでいた。だが、これは生きていて、なにやら活発に活動している。仕組みは分からなくとも、あまりにも素晴らしい。


「じゃあ、分解しますね」

 からくり師はあっさりと言うと、クロヴィスが見たこともない工具を手に取った。 

「ちょっと待て。

 その前に、他のからくりと違う点はないか?

 分解する前に、よく見た方が良い。これは機能を失っていない」

 そうからくり師を止めたのは、師匠のアベルの教育の賜物である。


 からくりの中が光り輝いているのだから、そこを真っ先に見たいと思うのは人情である。だが、見たいという欲のままに見ることを、師匠は決して許さなかった。


「なるほど、さすがは魔術師様。

 そのようなこともわかるのですね」

「ああ、まあ……」

 からくり師に感嘆の声をあげられて、クロヴィスは言葉を濁した。


「とりあえず、違うところと言えば、この覆いに描かれている図と文様でしょうか。

 今までのものには、まったくありませんでした」

「このからくり自体については師匠が担当で、私は国外にいてよく見てはいなかったんだ。じゃあ、なにも描かれていなかったんだな?」

「はい。

 つるんとしたもんでしたよ」

 そう言われて、クロヴィスはしげしげとその図を見た。だが、さっぱりとその意味はわからない。


「ふむ。

 これがなにを意味しているか、わかりますか?」

 クロヴィスに言われて、からくり師も改めてじっくりとその図を見つめた。


「円周率と平方根ですな」

「なんですか、それは?」

「収穫した穀類は、脱穀して粉にしなきゃ食えません。

 そして、この調整には、普通魔術は使いません。でないと、毎日のことですから、魔術師のいない田舎の方じゃ穀類は食えなくなっちまう。

 で、水車の力を使うんですが、これがからくり師の仕事でしてね。

 水車を回すには、流れる水を掴まえる羽が必要でして、その数を出すのには、水車の直径の3.1倍の長さを出して、そこから割り振ればいいんでさあ。

 水車の軸を中心として、角度で割り振っていく方法もあるんですが、水車がうんとでかかったり小さかったりして、羽の数が奇数になると上手く行かないことがあってね」

「なるほど」

 クロヴィスは、からくり師の説明に素直に感心した。

 今まで、このようなこと、考えたこともなかったのだ。


「で、平方根は、四角を斜めに切った線の長さでしてね。これも農地の測量に使うんですが、計算で出しゃ出せるもんなんですが、手間ばかりかかるつまらん技ですよ。

 魔法なら一瞬でなんとかなることを、からくり拵えて、えんえんやんなきゃならない。

 魔素がもっとありゃ、からくり師なんて明日から廃業ですよ」

「いや、そんなことはない。

 立派なお仕事です」

「魔術師の方に言われたら、悪い冗談ですよ」

 この言い様を聞いたクロヴィスは、さすがにからくり師に気を使わねばと思った。


「この図の斜めに切れている線の長さは、どのくらいになるんです?」

 これは、からくり師を立てるための問いである。


「この辺の長さを1としたら、1.41だか、1.42だかですね」

「すごいですね。

 みんな頭に入っているんですね」

「このくらいはわかっていないと、からくりは作れませんからねぇ」

「なるほど……」


 そう答えて、クロヴィスはふと気がついた。

 この文様には意味があるのではないか、と。

 魔術師であれば、誰でも魔素の吸集・反射炉に描かれた文様の意味を知っている。太陽から授かりし、魔素の誘導に使う必須のものだ。

 あえて描かれたものである以上、同じようにこの文様にも意味があるのではないか?



 その思いからこの文様を見ると……。

「これ、1という意味じゃないですか?

 3.1も1.41もある……」

 クロヴィスの言葉に、からくり師は手に持っていた工具を呆然と取り落とした。



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あとがき

農業と魔術の相性の悪さよww

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