第63話 再び来たるからくり


「レティシア殿と話したのか?」

 クロヴィスがリゼットにそう聞いたのは、リゼットが「レティシア」と敬称を付けずに呼んだからだ。「いつの間にか友人となったのか?」と、不思議に思っている。

 リゼットの自らの存在意義への深刻な思いとは離れてしまった問いだが、聞かずにいられなかった。

 これもまた、クロヴィスの若さ由縁の先走りであろう。


「兄弟子のことを、いろいろと聞かれたんですよ。

 まだ、レティシアとは友達でもないうちから。

 だから、兄弟子がどんな人か、見に来たんです」

 しれっとそう話すリゼットに、クロヴィスは狼狽した。耳まで赤くなるのを止められない。それを、面白そうにリゼットが見つめているのも腹立たしい。

 なのに、心は浮き立っている。


 それを見て、師のアベルが再び口を開いた。もしかしたら、内心呆れてたのかもしれない。

「人と人とが理解わかり合えるというのは、所詮無理なことよ。

 人の心がわかるレティシア殿でさえ、苦行なのだ。

 わかるからではない。

 わからないからこそ、他者への配慮が必要なのだ」

 さすがのリゼットが、これには黙り込んだ。

 

 往々にして、魔術師は、その辺りのスタンスを誤る。

 己の術があれば、この世に誤解など生じないと思う罠に囚われるのだ。何度懲りても、自らの力が一階梯花開く度に、同じ罠に何度でも囚われる。それは、この惑星の大部分の人間とは違うという、疎外感から生じた宿痾なのかもしれなかった。


 アベルは続ける。

「リゼット。

 ゆえに、戦果が上げられないのが当然。

 その当然のことで己を責めるは、話の筋が違う」

「ですが、戦果をあげられた方たちもいるのではないですか?」

「運が良かっただけだ。

 戦局が変われば、求められる術も変わる。

 最初の一戦で、なにを言うか。愚かしいことよ」

 さすがに、厳しい口調で「愚かしい」とまで言われれば、物怖じしないたちのリゼットも口をつぐむしかない。


 しばしの間、沈黙が流れた。

 アベルは視線を下ろし、リゼットの顔を見る。

「焦らず時を待て。

 焦る者は、決して先に進めぬ」

「はい」

 めったに見ることのできない師の眼差しに、リゼットは素直に頷いた。



 突然、クロヴィスが叫んだ。

 打って変わって蒼白な顔となっている。

「なにか、天より近づいてきております」

 すぐさま、アベルの目もそちらに向いた。


「リゼット、至急玉座の間に行き、王に天の敵が再び動き出したと伝えなさい。

 すべての魔術師にも、だ。

 床を払うときが来た、と」

「わかりました。

 すぐに」

 リゼットもいきなり神妙になる。

 事態の深刻さは、よくわかっているのだ。


 走り去っていくリゼットの小柄な後ろ姿を見やりながら、クロヴィスは不安を口にした。

「フォスティーヌ様が目覚められ、再び指揮をとってくださればよいが……」

 それに対し、アベルは笑ってみせた。

「まぁ、魔素はともかく、そろそろ起き出してなにか食わんと、身体の方が保たぬであろうよ」

 そう言われれば、クロヴィスも笑うしかない。だが師のその余裕で、恐怖から救われた気持ちになった。

 とはいえ、双方とも視線は天に向けられたままだ。


「前に来たからくりと、寸分違わぬ同じものだな」

 アベルの断定する言葉に、クロヴィスも目を凝らす。

 確かに、深海から召喚され、各国に届けられたからくりと同じものである。それらは徹底して調べられ、武器を積んでいないことが判明している。


「となると、攻撃するつもりはないのかもしれませぬ」

 自分で言ったことで、クロヴィスは一瞬緊張がほぐれた。だが、こう話している間にも月軌道の内側に入ったからくりは、ゆっくりとこちらに向かって飛んで来ている。

 実際には相当な速度なのだろうが、月と自分が立つ大地との間での比距離で見ているためか、ゆっくりに見えるのだ。


「……目指しているのはここ、マルーラではないか、と」

 さらに見つめて続けていたクロヴィスが、アベルに確認するように言った。

「そうだな。

 まだ確定とまでは言えぬが、これはまごまごしてはおられぬ。すぐに玉座の間に向かおうぞ」

 初めてアベルはクロヴィスをその目で見た。

 一瞬視線を合わせた師弟は、頷き合うと玉座の間に向かって走った。





「落としますか?」

 と、これは魔法省の長、フォスティーヌが王に聞いた言葉である。

 フォスティーヌはその身体に魔素を取り戻し、目は精気を取り戻している。そして、数日の絶食のためにやつれた顔は凄惨なまでに荒みながらも凄みを持って美しい。


「まぁ、待て。

 魔素はどれほど確保できているか?」

「先ほどの戦いのときとほぼ同等かと」

「ふむ」

 王は、唸る。

 そして、数瞬考えた後に口を開いた。


「あのからくりは、空気のないところは惰性で飛んでいるのだったな?

 そして、空気のあるところでは、回る羽で自在に飛ぶのであったな?」

「御意」

 これは、アベルと内務省の長マリエットの揃っての王への返事である。


 アベルの観察で「空気のないところは惰性で飛んでいるよう」なのはわかったことであるし、「空気のあるところでは、回る羽で自在に飛ぶ」のは、マリエットの指示で都のからくり師に当たりをつけた結果だからである。


「では、空気のあるところまでからくりが近づき、回る羽で飛ぶようになったときに王宮に近づくようであれば落とせ。

 王都の郊外であれば、様子を見る」

「御意」

 と、これはフォスティーヌである。


「攻撃の手立てを持たぬからくりを送ってくるということは、なんらかの意味があろう。

 落としてしまえば、その意図がわからなくなる。少しの間、泳がせるとしよう」

 王はそう補足し、右手で自分の顎のあたりを撫でた。

 思案しているときの、いつもの癖である。


「我が王よ」

「なにか? マリエット」

「前にあのからくりを解明した、王都一のからくり師を呼んでおきたいと愚行いたしまするが」

「良い考えだ。

 急ぎ使いを出せ」

「しばし、お待ちを」

 王の言葉に、フォスティーヌは声をあげた。

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