第62話 復興


 この惑星に住む全員が、天からの敵が畳み掛けて攻撃してくることを恐れていた。

 すでに、この星に魔素はない。魔素がないと、戦争以前に医療から産業に至るまで社会の仕組みが回らない。運送も含めてなにもかも滞るようになったら、王都で餓死者が出てしまう。

 だが、幸いなことに天からの敵と戦って2日目、何事も起きていなかった。


 魔術師たちも、10名ほどを除いて2日の間、目覚めなかった。魔法省の長フォスティーヌのように、命を賭けて戦った者もいたし、それらの者は体内の魔素を失っただけでなく、その責任の重圧にも耐え抜いたのだからその疲労は想像を絶する。

 100人に満たない魔術師の双肩に、この惑星の運命は掛かっていたのだ。


 ただ、天眼通の術の魔術師だけは、休むことができなかった。いつ敵が再来襲してくるかわからない。そんな中で唯一敵を見通せる存在なのだから、休むに休めぬ。

 そして、魔素の吸集・反射炉でのキャップへの魔素の充填の仕事も、基本的に魔術師でなければ務まらぬ。


 ここゼルンバスは、アベルとクロヴィスの2人がいるから、まだ良かった。交互に休めたからだ。簡易魔素炉による通信で各国の連携が取れていたから、1人しか天眼通の魔術師がいない国でも休むことはできるはずだったが、気持ちの問題として休んでなどいられないという者が多かった。

 そうなると、どうせ起きているならついでにと魔素の吸集・反射炉の管理もすることになってしまい、疲労に拍車をかける。


 これは、解決せねばならぬ問題として、ゼルンバス王に報告された。

 内務省マリエットが呼び出され、魔素の吸集・反射炉の管理について、魔術師に頼らない方法の確立が命じられた。


 そして、その一つの方法として、各村々で治癒魔法ヒーリングの役割を持っている者がキャップの接続、充填を試みることになった。

 かつて栄えた歴史のある辺境には、老朽化した吸集・反射炉がある。不備は多くとも、使えさえすれば良いし、効率が低くても構わない。それでもゼロよりマシなのだから。


 辺境の魔素の吸集・反射炉までのキャップの輸送には、飛竜旅団までが駆り出され、精鋭の無駄使いと将軍府からの声も出た。だが、大将軍フィリベールが一番魔素の充填の重要性を理解していたので、その声は大きいものにはならなくて済んだ。


 この方法は他国でも実践された結果、当然いくつかの吸集・反射炉では、期待したほどの充填ができなかったものの、魔素の充填は惑星規模で強力に進められた。

 医療から産業に至るまでの魔素の消費もあるので、歯痒いほど充填量は伸びない。

 それでも、1日敵が来るのが遅れればその分充填は進む。

 せめて5日、欲を言えば10日、敵に攻めてきて欲しくない。それはこの星に住む者の総意だった。




「クロヴィス、お前、なんとなく物を見るというのがわかってきたな」

 師匠アベルの言葉に、クロヴィスは無言で頭を下げる。

 なんとなく、褒められていないと感じたのだ。


「天の敵を見るのに、どこから攻めてくるかわからぬゆえ、この星の裏側まで見ねばならぬというのに……」

 師匠の言葉に、再びクロヴィスは頭を下げた。

 天眼通の術を能くする師匠に、隠し事などできはしない。

 実際、自分が全方位を見ていない自覚はあるのだ。


「レティシア殿を、見ぬように見ぬようにしているな……」

「私ごときが、レティシア殿に特別な感情を抱くなど、許されることではなく……」

 そこまで言い訳したところで、師匠はこれ見よがしの大きなため息を吐いた。

 

「私情であろう。

 術の発動の間は、そのような心、押し潰しておくものだ。

 なにを見ようと、心が動じなければそれでよい」

 正論過ぎて、クロヴィスはなにも言えぬ。


「じゃあ、なんで物を見るというのがわかってきたと言われたのですか?」

 女性の声というより、女の子の声が背後から掛けられた。

 クロヴィスは肉体の眼球の視線を回さずに、天耳通の術のリゼットを見た。

 リゼットが、自分と同じくアベルに師事することになったのは知っている。妹弟子という存在だが、まだまともに話したことはない。


「物を見るということは、物を見ないということでもある。

 何度でも言うが、才能には、義務と他者への配慮が伴う。配慮なき魔術は、悪の術ぞ。

 見ぬということの加減は難しい。

 レティシア殿を見ないということは一面で正しくても、天からの敵の見張りに穴が空くことになる。今回は、たとえ覗き込む事故が起きるかもしれなくとも、天からの敵を見るしかあるまい。

 その辺りの葛藤、多ければ多いほど経験となり、物を見るということがわかってくるものよ」

 クロヴィスは、師匠の言になにも言い返せぬ。

 リゼットは、顎に人差し指を当てて考えている。


「わかりません、私は」

 と、しばらく考えた挙げ句に、リゼットは言った。


「私は、先ほどの戦いでなんの役にも立てませんでしたし。

 敵の乗った金属の箱、中でどのような話がされているか、聞くことはできてもなにを言っているかはわかりませんでした。

 レティシアでさえ、敵の心は読めても、概念が違いすぎてまったく理解できなかった、と。

 フォスティーヌ様は、私の聞いたものからなにかを得ていてくださるとは信じていますが、それにしても私、まったく戦いの役には……」

 そう言って、リゼットは下唇を噛む。


「音を聞くという術は、完全に発動してすら役に立たなかった。だから、葛藤を許される階梯にすら届いていない。私はこの先、どうして良いかわからぬのです」

「言語が違えば、か……」

 クロヴィスは口の中で呟く。

 視界ではそのようなことはないが、聴覚の術ではありうることだ。

 まして、天から現れた敵ともなれば、考える言語どころかその道筋も当然異なっているだろう。レティシアが理解できなかったというのも、またあることに違いない。



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あとがき

論理(常識による制限)と言語の摺合せは、最初から上手くは行かないのです。

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