第53話 究明


 ゼルンバスの玉座の間は、大きく模様変わりしていた。

 夕日の差す部屋の真ん中には巨大なテーブルが置かれ、その上には特大の惑星地図が開かれている。さらに、その脇には巨大な天球模型が置かれていた。

 さらに、壁際には多数の簡易魔素炉が用意され、魔素を供給する多数のキャップが並べられている。

 玉座は更に高く設置され、王は地図や天球模型、簡易魔素炉を見渡せるようになっている。

 そして、ゼルンバスの全魔術師と、各省庁の長が勢ぞろいしていた。


 この状況は、ゼルンバスだけではない。

 セビエもコリタスもカリーズも、この惑星の反対側の国々ですら、さらに生き残った魔術師しかいないアニバールでさえ、同じようなしつらえに玉座の間は変わっているはずだった。


 そして、ゼルンバスの玉座の間の指示により、この惑星にある魔素の吸集・反射炉が一元的に運用されることになっている。その数およそ100。

 ゼルンバスの魔法省に設置された炉ほどの規模のものは、この惑星全体でも10基程度しかないが、それでも人ほどの大きさの岩ならすべての魔素の吸集・反射炉から送り出せる。


 大きな領地を持つ貴族であれば、自領に吸集・反射炉を築くのは成し遂げたい夢だし、かつて宗教がこの惑星で力を持っていた時代に築かれたものもある。

 ただ、そういった小規模な吸集・反射炉には十分なキャップがなく、集められた魔素はみすみす失われているのが実情だった。

 そういった吸集・反射炉も今は最大限に活用されているが、なかなか僻地にまでキャップを割り当てられないという事情もあった。なんにしても、今回は話が急すぎたのだ。

 すべての事柄が数日単位の締め切りでは、間に合わないものも当然出てくる。


 その結果、魔素が足らないという問題は解決していない。

 太陽からの光のように降り注ぐのが、魔素という恵みである。1日掛けて吸集・反射炉でキャップに貯めても、2つが限界である。ゼルンバスには長年の蓄積があったから、100個以上のフルチャージされたキャップがあったのだ。


 この戦いの準備のため、キャップの新造と魔素の充填は進められてきたが、同時に相当量の魔素が戦時消費されてもいる。

 当然、民への医療、産業への供給量も無視できない。短期間でできた蓄積は、微々たるものだった。

 とてもではないが、フルチャージでの開戦は望めない。だが、この惑星のすべてのキャップを空にしても今日を戦い抜くと、ゼルンバスの王は決心していた。今日を生き抜かねば、明日がない。後生大事に魔素を抱えて滅びるのは、愚の骨頂である。



 その一方で朗報もあった。

 この数日の間だけでも、敵について判明したことがある。

 まずは、一番最初に他心通の術のレティシアが呈した疑問だが、それは呆気なく解明された。

「敵はどうこちらを見ているか?」という問題である。

 これは、戦略に関わる大きな問題だった。


 答えはアニバールへ長駆した飛竜旅団を監視偵察していた、10機の空飛ぶからくりにあった。それらは任務が終わると、ことごとく自ら海中に没していた。

 だが、すべて召喚術で引き上げられ、各国の王室に派遣転送された。そこで各国の魔法関係者、からくり師などがその仕組みを究明したのだ。


 まず、ネジという仕組みを天眼通の術の魔術師が見抜いた。

 次に、ネジ込みという技術を理解したゼルンバスのからくり師が、丸く薄くそして中央が膨らんだガラス細工を取り出した。

 それを軸をずらさないように回転させると、遠くのものが近くに見えたり、近くのものが遠くに見えたりした。

 これは明らかに、人の目で見ることを前提としたからくりである。

 天眼通の術で見るのであれば、完全に不要なものだ。


 すぐさまこの情報はゼルンバスの玉座の間だけでなく、他国の玉座の間にも伝えられた。

 これにより、各国は積極的に自分の国で突き止めた情報を公開するようになった。だが、これはゼルンバスを信用したというより、ひとまずは新しい技術が生み出す利権より、目先の戦いに勝つためという目的が徹底されたためである。


 次にからくりから取り出されたのは、透明なまでに極薄の紙だ。それには、そら恐ろしいほどに精密に巻かれた極細の銅線が貼り付けられた。さらにそのセットは、磁石の小箱に収められていた。

 それがなんであるか、からくり師はまったく突き止められなかった。だが、セビエの天眼通の術の魔術師が、周囲の音によって精密に巻かれた極細の銅線が光ることに気がついた。

 大きな音には明るく光り、小さな音にはしょぼしょぼと光る。すなわちこれは、鼓膜であり、耳なのだ。

 すぐさまゼルンバスの天耳通の術のリゼットが呼び出され、これが耳を模したものであって、天耳通の術とはまったく異なるものだと判明した。


 となると、逆もまた真である。

 この光を銅線に流せば、音が出るのかもしれなかった。


 これらのことからわかるのは、天からの敵は、魔素を知らないのかもしれないということだ。

 魔術でできることをも、なぜかからくりで行っている。魔素を、魔素の知の体系を知らぬのだとしたら、付け入る隙はいくらでもありそうだった。

 からくりはこの惑星の住人でも理解できる。だが、魔素を敵は理解できない。この優位は、あまりに大きい。

 そこまでわかった段階で、ゼルンバスの王からこれらのからくりを騙すことができるかと魔法省に下問があった。


 からくりとは、仕組みである。

 仕組みであるから誰でも使え、何回でも同じように動く。そんな単純なものだからこそ騙すのは難しく、また逆に一度騙せればいつまでも騙せる容易なものだった。


 とはいえ、からくりを騙すための欺瞞は、1人の魔術師の能力ではとてもできぬことである。

 だがら、魔法省ではフォスティーヌが中心となって、魔術師のさまざまな術を組み合わせる検討が繰り返されていた。

 天からの大岩を、複数の魔術師の術を組み合わせることで地表に落とすことなく対処できた。

 このゼルンバスの魔術師の特質と成功体験を、これからの戦いに活かさぬ手はなかったのだ。



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あとがき

ドローンを回収されたことが……

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