第52話 敗戦処理


 副司令のバンレートは、上官ダコールの言葉に反論する。

「仰るとおりではあるのですが……。

 確かに岩で対消滅炉は破壊できますが、本来それはあり得ない話です。

 そもそも、遮蔽シールドは全開となっていました。

 岩ごときの強度では、軍の艦体に傷さえつけられない。なのに、その中にある対消滅炉が破壊できるはずがない」

 まったくの正論である。


 そもそも、亜光速で飛ぶということは、宇宙空間に漂うデブリが亜光速で船体にぶつかってくるということだ。指先ほどの小石でさえ、厚さ2mの鋼鉄板を貫通する威力を持つ。それが、雨のように無数に襲ってくるのが亜光速航行である。

 軍艦ではない民間船であってすら、それに耐えるだけの複合装甲晩を持たなければ飛べない。

 つまり、小惑星レベルの質量でもあればともかく、直径数mの岩ごときで軍艦隊の複合装甲板、さらに重ねられている力場シールドが抜けるはずがないのだ。


「やはり、瞬間物質転送機か……」

「それは違う」

 と、今度はダコールが反論した。


「すべての艦船が、対消滅炉の炉心に岩を放り込まれている。

 瞬間物質転送機の使い方としては理想だが、その戦術が成立してこなかったのは……」

「瞬間物質転送機の本質的問題として、それだけの精度がないということですね」

「そうだ」

 ダコールの論理には、「敵が瞬間物質転送機を使っているのでは」と疑い続けてきたバンレートも納得せざるをえない。


 瞬間物質転送機は、その名に反して、物質を転送しているのではない。

 物質を内包する空間、そのものを転送しているのだ。つまり、その空間が内包した岩を、精密誘導することはできない。

 結果として、攻撃対象が高速で戦闘機動している艦の場合、砲と同じく一定の散布界を持つ確率兵器と同等になってしまうのだ。


 しかもたちが悪いことに、当たりどころが悪く複合装甲の高密度核子層に重なって実体化などしたら、制御不可能なマイクロブラックホールすら出現しかねない。

 だから、瞬間物質転送機の使用法は、敵直上などに一定の距離をおいてミサイルや探査機、そして爆撃機や艦載機を実体化させるのがセオリーなのだ。


 なのに、今回すべての被弾艦が、艦の内部の対消滅炉の炉心という、大して大きくない空間に精密に岩を放り込まれている。

 瞬間物質転送機では、どうやっても実現不可能な攻撃なのだ。


 結局、何1つわからない。

 どうして岩なのか?

 それをどういう方法で、装甲越しに精密に打ち込んできたのか?

 さらに、被弾した艦はどのように選ばれたのか?

 戦闘力の高い艦から被弾しているのだが、どうやってそれを知ったのか?

 敵の攻撃は2波に及んだが、なぜ2波で止まったのか?

 5波まで攻撃が及んでいれば、艦隊は戦闘力の高い艦から50艦を失っていた。指揮系統は壊滅し、戦闘力を完全に失っていたはずなのだ。


 どうにもこうにも、今までの戦闘の常識では考えられない事態としか思えない。

 戦闘は、極めて合理的であることが求められる状況である。だからこそ、異文明とも作戦の読みあいが成立する。だが、今回の敵は、その合理から判断できない。


「自由落下中のグロス級戦艦、ペトラとイリーネですが、残存エネルギーが底をつきました。

 メディ級駆逐艦、アデーレ、デリアも同じ状況です」

 そこへ、戦闘艦橋C.I.C.士官の報告が割り込んだ。


「では、もう誘爆轟沈の危険はないな。

 本艦とグロス級、エルヴィーラ、イルムヒルデ、メヒティルトの4艦で、牽引ビームによる回収にかかれ。

 回収後は、艦内残存エネルギーの再確認と放出、反物質の無効化、さらに取り残された人員、特に負傷者がいないかの確認を、可及的速やかに実行せよ」

「了解」

 ダコールの指示に、担当のオペレーター士官が応える。


 ダコールとて、自らが指揮を取ってからはここまでの敗北は経験していないが、総作戦司令になるまでの間には嫌というほど敗北も味わっている。

 久しぶりとはいえ、敗戦処理も手慣れたものだった。


 ただ、艦の心臓部である対消滅炉から破壊された艦の修繕が、母星に帰らずともできるかはまだ判断できない。誘爆も起きていたし、被害状況は一艦一艦異なるだろう。それに、そもそもワープができない艦は、母星に帰ることもできない。牽引ビームにそこまでの強度はないのだ。


「要救助者の現時点での救助は何%だ?」

「37%です」

「各艦間で、負傷者のトリアージは問題なく行われているか?」

「問題が生じているという報告は上がってきていません」

 同時に、別の担当の士官にバンレートも確認を行う。


 大型艦ほど医療設備も充実している。アーヴァー級に至っては、艦内で出産までできるのだ。だが、補給艦の医務室では、四肢の切断レベルの負傷までしか対応できない。

 したがって、乗員の負傷の度合いでどの艦の医務室に送り込むかの、素早いトリアージが必要なのだ。


 乗艦であるレオノーラに被害がなかったのが幸いだった。総合病院に匹敵する、高度な医療施設が無傷のまま使用できるからだ。

 それにバンレートとしても、もし被弾していたら艦長職も兼ねているわけだから、このような確認などしていられないところだった。


 ただ、本来、総作戦司令の乗艦に被害が及ぶなど、シミュレーション上はあまり考慮されていない。旗艦を守れない艦隊に意味はないし、艦隊が壊滅し旗艦が単艦敵と交戦する事態など、それはすでに艦隊決戦の体を成していないからだ。

 そうなる前に撤退の指示が出せない人間が、総作戦司令になれるわけがない。

 だからこそ、旗艦艦長と副司令は兼務という人事的慣習がある。単純な猪突猛進型の戦術家では、総作戦司令の任に耐えないのだ。

 副司令を総作戦司令に育てるという目的が、ここにはある。


「艦載機第二戦群、想定エリア内の船外放出者へのタグ付け終わりました。帰投させます」

「艦載機第一戦群も戦闘空域を離れたことから、帰投させます」

「よし、艦載機第一戦群のパイロットが、なにか敵の痕跡を見つけていたら報告させろ。どんな細かいことでもいい。最優先だ」

「了解」

 ひとまずは、その報告を聞いてから次の作戦を考えるべきだろう。材料がないまま考えても、結果など出せないのだから。



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あとがき

まだまだ、戦える。

まだまだ戦えるのです。

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