第51話 ダメージ・コントロール


 艦隊が、月軌道の外へ逃れるまでの必要な時間は2分。

 その果てしなく長い2分を切り抜けるため、ひたすらと言っていい努力が続けられている。


「艦載機第一戦群、緊急発進!

 搭載レーダー、パイロットの肉眼、なんでもいいからデータを集めろ。

 慣性を失わないよう注意し、敵惑星からの飛翔物はそれがなんであっても叩き落とせ!」

「グロス級戦艦、ノーラ轟沈!」

「続いてグロス級、ハイダ、イリーネ、大破!」

「メディ級駆逐艦、カミラ、デリア、大破!」

「補給艦、エルケ、クラーラ轟沈!」

「第一空母、クレメンティーネ、中破。第二対消滅炉に被弾!

 艦載機、緊急退避のため発進中。

 ただし、カタパルト使用不可能なため、双曲線軌道をとっている艦隊から離脱します」

 立て続けに被害は増大していく。すでに艦隊は数としては1割を喪失しているが、艦隊主力艦に被害が集中しており、戦闘力としては3割以上を失っていた。


「レーダーに敵影は!?」

ネガティブ否定!」

「敵ミサイルも検知していません」

「遮蔽シールドどうした?」

「各艦、すでに最大出力展開!」

「瞬間物質転送機かっ!?」

「ワープの空間痕跡を認めず。遮蔽シールドへの干渉も認めず。

 瞬間物質転送機ではありません」

 総作戦司令ダコールと副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートは、事態の把握をするために次々と確認を行う。

 そこにさらに意味不明な情報が入った。


「アーヴァー級、ゲルダから報告。

 第1対消滅炉に被弾した……」

「報告どうした?」

「暗号通信の不調のようです。

 現在確認中……、確認取れました。

 第1対消滅炉には、岩が入り込んでいるとのこと。

 直径2mほどの大きさとのこと」

 あまりの報告に、バンレートは目を剥いた。


「岩だとっ!?

 艦内の、消滅炉内にいきなり岩か!?

 もう一度確認せよ」

「確定情報です。

 確認済です」

「もう一度確認せよ!」

「了解」

 オペレーター士官が報告に手間取ったのは、自らの判断で確認をしていたのだろう。だが、それでもさらに確認をバンレートは命じた。


「メディ級、カミラ撃沈。グロス級、ハイダ轟沈」

「救助艇まだか?」

「救助艇101、ハイダ救助中にその轟沈に巻き込まれ、轟沈。

 救助艇102、イリーネに向かっています」

「確認取れました。

 やはり岩です」

「艦隊、月軌道に到達。

 双曲線軌道を取って、敵本星から離脱中」

「取舵40度。

 このまま敵惑星に近づかず、本恒星系太陽に向かえ。

 轟沈していない落下中の艦乗員の救助を優先」

「空母より退避発進した第二戦群艦載機、宇宙空間に放り出された乗員をあとから回収できるよう、タグ付けしながら艦隊に追いつけ。

 着艦は、第二空母エミーリアに」

「メディ級、ユリアーネ轟沈しました」

「救助急げ。

 アーヴァー級、ゲルダへ技術士官を急行させよ。

 岩とやらの報告がどういうことか確認させろ」

 ようやく、戦闘艦橋C.I.C.内の会話のスピードが落ちてきた。


「現時点での被害状況知らせ」

 ダコールの声に、瞬時の間をおいて、報告の声が上がった。

「アーヴァー級戦艦、ゲルダ、中破。

 第一空母、クレメンティーネ、中破。共に自力航行可能。

 グロス級戦艦、ノーラ、ハイダ轟沈。ペトラ、イリーネ大破、自力航行不可能。自由落下中。

 メディ級駆逐艦、カミラ、ユリアーネ轟沈。アデーレ、デリア、大破、自力航行不可能。自由落下中。

 補給艦、エルケ、クラーラ轟沈。

 救助艇101、轟沈。

 大破艦からは、乗員の脱出が続いています。

 すでに3000人が戦死、行方不明者4000人」

「救助艇103から106、船外で自由落下中の退避者の救助に当たっていますが、残念ながらすでに死者が多く……」

「生者優先。

 全力を尽くせ」

 言われることでもないだろうだが、そのような情報が上がってくるのは指揮系統が混乱している証しだ。そのような時、ダコールは喚いても仕方ないことを知っている。

 一言冷静に返してやれば、その方が早く指揮系統は回復する。

 ダメージ・コントロールは、こんなところにも必要なのだ。

 

「空母クレメンティーネ、第2対消滅炉への被弾状況の画像来てます。

 ご覧になりますか?」

「出せ」

 巨大なメインスクリーンが一気に明るくなり、そこに宇宙艦船乗りなら目を背けたくなるような画像が映し出された。


 対消滅炉は、航行中に捕獲した反水素、反ヘリウムなどの反物質を、磁気タンクで保存、運用するものである。亜光速で飛ぶと、銀河と銀河の間の高真空中であっても、航行に使える分くらいの反物質は捕獲できるのだ。いや、むしろ銀河系内よりも、高真空中の方が反物質の割合は高くなる。対消滅が起きづらいからだ。

 捕まえた反物質の200%分の重量が純粋なエネルギーとして取り出せるため、そのパワーは大きい。

 だが、安全な力場を作ってやらないと、対消滅反応が爆発的に進むだけで、発生したエネルギーを利用できる形にさせられない。


 その対消滅炉が、完全に破壊されている。

 状況は、一目でわかる。

 自家用自動操縦ポットほどの大きさの岩が、無造作に炉の中に放り込まれているのだ。

 アーヴァー級戦艦、ゲルダからの報告は正しかった。



「……どういうことだ?」

 あまりのことに、バンレートがそう呟く。

 ダコールは言葉を発せられない。判断が追いつかないのだ。

 決してあり得ることではない。艦の構造を知っているからこそ、ダコールは絶句したのだ。


「外部装甲が撃ち抜かれているなら、岩がここまで入り込むこともわからぬでもない。だが、外部装甲が無事だとすると、このようなことを可能にする手段がわからない。

 というか、そもそもなんで岩なんだ?

 なぜ、兵器でない?

 確かに、目的を果たすという意味では、岩で十分ではあるんだが……」

 ようやくダコールが途切れ途切れでも口にできたのは、そんな言葉だった。



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あとがき

ダコール艦隊、初めての敗北……

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