第50話 侵攻


 暗い部屋には、かすかに電子機器の唸りが響いていた。

 計器の示すデータ表示のほのかな明かりだけが、オペレーター士官たちの顔を照らしている。

 ここは、アーヴァー級宇宙戦艦の第2連携戦術戦闘艦橋C.I.C.


 ここ、総作戦司令ダコールの乗座するアーヴァー級宇宙戦艦レオノーラは、艦隊最前列に位置していた。

 全艦戦闘態勢で、全砲門、全ミサイルが命令1つで発射される状態だ。

 その横で、メディ級強装駆逐艦アデーレとユリアーネが並んで待機している。


 監視衛星からの画像を見つめていた、女性士官が報告の声を上げた。

「コード T1P5への小惑星弾の命中を確認。

 敵本星最大版図の首都、壊滅。

 小惑星弾搭載カメラからの映像も確認済み。

 監視衛星による戦果評価に入ります」

「着弾に際し、どれほど些細なものでもよいが妨害行為はあったか?」

 そう確認するダコールの声は、囁きと言ってよいほど小さかった。

 これにより、部下たちは必然的に緊張を保ち、耳を澄ませるのだ。


ネガティブ否定

 返答するオペレーター士官の声もそう大きくはない。

 それがこの部屋の雰囲気を、宗教的儀式の最中のような重さにしていた。


 メディ級強装駆逐艦アデーレとユリアーネが前進を始めた。加速を抑えなければ、亜光速まで一瞬である。すぐに月軌道の内側に入るだろう。

 そこはすでに、敵惑星のキルゾーンと想定されている。


 だからこそ、アデーレとユリアーネの被弾が想定されているし、その被害を最小限に抑え、救助もできるようにレオノーラは艦隊前面にいるのだ。

 どの艦にも医務施設はあるが、レオノーラのそこには、負傷した人体をまるまる培養再生し直すだけの設備がある。アデーレとユリアーネは囮ではあっても、決して捨て石ではない。


「決定された作戦に従い、メディ級強装駆逐艦アデーレとユリアーネ、月軌道内側に侵入。

 ……対惑星地表用弱装弾6、今、発射されました。

 敵本星各都市に向けて対惑星地表用弱装弾、飛翔中」

「なんらかの妨害はあるか?」

ネガティブ否定

 再び、ダコールの疑念は否定された。


「艦隊全艦、強襲揚陸の準備にかかれ」

「艦隊全艦、強襲揚陸の準備にかかれ」

 副司令兼旗艦艦長バンレートの声が響く。

 ダコールの胸には、作戦成功の喜びより、どす黒いまでの疑念と不安が渦巻いていた。だが、感情のみで作戦の中止はできようはずもない。現に戦果は上がっているのだ。


「アデーレとユリアーネ、月軌道離脱。艦隊陣内に戻ります」

「異常はないな?」

「敵からの、いかなる攻撃も認めず」


 そのわずか1分後。

「対惑星地表用弱装弾6、すべて着弾。

 目標の都市、壊滅。

 監視衛星からの映像も確認済み。

 戦果評価に入ります」


「艦隊全艦、発進。敵本星の静止軌道上の割当位置に着き、強襲揚陸」

「艦隊全艦、発進。敵本星の静止軌道上の割当位置に着き、強襲揚陸」

 バンレートから下された指示が、艦隊各艦へ伝えられていく。


「地上からの攻撃、敵艦隊の出現を想定し、警戒と偵察を厳とせよ。

 月からも視線をそらすな。

 このままなにもないとは思えん」

「レオノーラ、月軌道内に侵入」

「続いて艦隊各艦、月軌道内に侵入」

「総作戦司令殿に意見具申」

「なんだ、副司令」

 ダコールはバンレートに聞く。


「レオノーラ、艦隊中央に下げさせます。

 はや、最前列にいる必然なし」

「そうだな、そうしてくれ」

 ダコールの返事と同時に、戦闘艦橋C.I.C.のディスプレイに示された艦隊配置図の中のレオノーラが、最前列から艦隊中央に向かって動き出す。


 ダコールも、アデーレとユリアーネを捨て石にしないためにレオノーラを前列に出していただけで、総作戦司令としての自分の価値がわからないわけではない。指揮系統上、最後まで守られるべき存在だという自覚もある。


「艦隊前面が、月軌道と敵本星の中間点に到達」

「全艦隊、制動」

「全艦隊、制動」

「編隊陣形を崩し、陣形左から各艦、静止軌道へ」

「編隊陣形を崩し、陣形左から各艦、静止軌道へ」

 下された指示が、艦隊各艦へ伝えられていく。

 もちろん音声伝達ではないが、伝えるオペーレーター士官は必ず復唱とともに暗号通信の発信をしているのだ。


 整然とした艦隊配置図が、歪みだした。

 各艦が指定位置につくためだ。

 それを眺めていたダコールの顔が強張った。

 担当オペレーター士官が声を上げるのと同時に、ダコールは事態を把握していた。

「メディ級、アデーレとユリアーネ、大破!」

「続いて、グロス級ノーラ、ペトラ、大破!」

「共に、自力航行不能。

 敵惑星をかすめて、太陽に向けて落下始めました」

「姉妹艦、アーヴァー級ゲルダ、第一対消滅炉に被弾!

 第二対消滅炉で航行は可能と報告」

「全艦隊、遮蔽シールド最大出力!

 全艦隊、増速いっぱい。

 面舵反転40度、月軌道外まで双曲線軌道をとって離脱っ!」

 オペレーター士官たちは、ダコールが焦りのあまり叫ぶのを始めて聞いた。

 他の方面軍の作戦司令では多々あることでも、ここ、ダコール艦隊では始めてのことである。


 艦隊配置図に記された艦が、次々と赤く色を変えていく。

 赤いうちはまだいい。

 表示されなくなったら、撃沈されたということだ。


「被弾各艦は、自力修理は可能か?」

「敵ミサイルによる攻撃か?」

「レーダーはどうなっていた?」

 混乱の中、矢継ぎ早にダコールとバンレートの声が飛ぶ。


「メディ級、グロス級、ともに自力修理、自力航行完全に不可能。

 対消滅炉が、完全に破壊されました。

 さらに誘爆が続いています。ノーラ、退艦命令でました」

「当該艦への、救助急げ!」

「月軌道到達まであと2分」

 艦隊全体で制動をかけた次の瞬間、そして陣形が崩れ始めたところだったのが響いた。

 艦隊陣形は崩れているのに、艦密度は高い。その中での衝突を防ぐため、増速命令を実行する前に、調整の間が必要だったのだ。



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あとがき

当然ですが、ゼルンバスの反撃なのです。

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