第45話 撃墜


 他の魔術師の心のうちに、フォスティーヌの見ている画像と指示が送り込まれていく。言葉が不要なだけに、直感的で正確で即時性が高い。

 またこれは、アベルにも伝わるので、フォスティーヌの見るという行為に対し、細かく補正が入れることができる。

 これにより、フォスティーヌは指揮者として、楽団を指揮するように魔術師たちの術を自在に使うことができる。つまり、基本的に1人1種類の上級魔術という枠を、魔術師たちのチームとして取っ払うことができるのだ。

 これは他国にはない、ゼルンバスの絶対的優位の源だった。



 反射炉から、魔素が糸のように細く送り出されていく。魔素の吸集・反射炉を制御する魔術師は、フォスティーヌからの意識に沿って天からの大岩の一点に正確に魔素を導いていく。これは奇跡に近いことだ。小指ほどの太さでありながら、月までも届く糸なのである。距離と太さの比を考えれば、その存在を見つけられるはずがない。

 魔素を扱い慣れた魔術師でさえも、それと知らなければ、その細い魔素の流れを検知できはしない。


 さらにもう一人の天足通の術の魔術師が、呪文の詠唱を始めた。天足通の術とは、本来思うがままにどこへでも行けるという意味だ。だが、この力はそのまま物質の変換をも可能にする。壁を抜ける、空を飛ぶ、そのために己の姿を変える、そういった手段を含む術だからだ。

 そして、今回の術は魔素の熱変換が目的だ。


 天からの大岩まで糸のように送り出された魔素は、それ自体としては天からの大岩の進路を変えるほどの力を持ちえない。水鉄砲で揮発油を細くぶつけても大したことはないのと同じだ。だが、そこに火が点けば、生み出される力は桁違いのものとなる。


 送り出された魔素の糸が、天からの大岩に届く瞬間、天足通の術が発動した。

 魔素は膨大な熱に変換され、天からの大岩の表面を狭いとはいえ溶かしだす。

 溶かされた岩は、岩石蒸気として宇宙空間に噴き上げた。途端にその反作用で、天からの大岩はぐらりと進路を蹌踉よろめかせた。


 それは再びフォスティーヌの視界を通して他の魔術師に伝わり、照準の補正がリアルタイムでなされた。それにより魔素の流れは、執拗に天の大岩の一点に当たり続ける。

 同時にもう1人の魔術師が、フォスティーヌの意識に沿って、大将軍フィリベールをはじめとする軍関係者にもなにが起きているか伝えていた。


「大岩、回りだしましたが、今は止まれり。

 やはり、敵がその動きを制御めている証拠」

 アベルが、言葉で細かく現況を伝える。

 フォスティーヌは、それを聞きながら見えているものに対する視界に補正を掛ける。この補正がされなかったら、フォスティーヌの術の精度では天の大岩が回転して形が変わったら見失ってしまいかねないのだ。

 なので、フォスティーヌとしては、回りだした岩が止まったことはこの上なくありがたい。敵は、知らず知らずにフォスティーヌに利しているのだ。


「もう、ここマルーラには落ちてはきませぬ」

「いや、天からの敵は、回転を止めたのちにその進路も修正しつつあり。

 引き続き、注視を」

 そう言われて、あらためてフォスティーヌは天の一角を見上げ続ける。


「随分と強引かつ精妙に、進路が戻されていくものだな。

 魔素、量を増やせ」

「はっ」

 わずかに、魔素の糸が太くなった。小指から人差し指くらいのものではあるが、それでも送り出される魔素の量は倍になっている。

 それに応じて、天からの大岩に届く熱量も倍になり、噴き出す岩石蒸気の量も大きく増えた。


「再びこれで押し戻せ……」

「いや、まだ早い」

 アベルの声は厳しい。

「また戻っていっております。

 今のうちに、対処方法を変更されてはどうかと?」

 アベルがフォスティーヌに聞く。

 まだフォスティーヌには奥の手がある。それは、すでに各魔術師に伝えられていた。それを使うかと、確認したのだ。


 だが、フォスティーヌは額に汗を浮かべながら、首を横に振った。

「すでにこの方法は、派遣せし岩を当てる方法がうまく行かずの、変更後ぞ。

 そうそう、手を明らかにはできず。

 それに、力技でせめぎ合いを始めたのなら、力で押し切る。

 そうでなければ敵に舐められる。これは戦いぞ!

 このまま行くし、行けぬようならキャップを空にしても、さらに魔素の量を増やす!」

 その声を受けて、大将軍フィリベールをはじめとする大将軍府関係者から感嘆の声が漏れた。


 自分が苦しいときは敵も苦しい。

 その単純なせめぎ合いを戦い抜けぬと、自ら敗北を呼び寄せることになる。それを頭でわかっていても、戦の場で実際に耐え抜き、勝利を形にできる者は少ない。現役の軍人である大将軍府関係者たちから、フォスティーヌに対して賛嘆の声が湧くのも不思議ではなかった。


「天からの大岩、再び回り出しました。

 もう……、止まりません。

 細かく進む向きを戻そうとしていますが、その力、すでに微弱」

「よし、このまま押し切る」

 フォスティーヌの凛とした声に、他の魔術師たちも改めて自分の術に全力を尽くす。フォスティーヌの女神然とした風貌は、自ずから他の魔術師たちを従わせてきた。だがその本質は、やはり将器を持っていることなのだ。

 


 それからまもなく。

「もう、この大岩が降ってくることはありませぬ。

 投げた石が水面に弾かれるように、この星が天からの大岩を弾きましょうぞ」

 とアベルの声。


 だが、フォスティーヌは視線を天に向けたままだ。

「アベル、その瞬間まで目を逸らすな。

 天からの大岩が、砕けぬとも限らぬ。細かくなったら結局はこの星に落ちてくるし、被害も小なりとはいえ出かねぬ」

「はっ」


 実のところ、アベルは天眼通の術に長けていないフォスティーヌに気遣った言葉を発したのだったのだが、フォスティーヌはそれに甘えなかった。

 アベルも、そのフォスティーヌに応じて再び目を凝らす。

 だが、その視線は、すでに次の侵入者を捜すものでもあった。



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あとがき

これで、お互いに手の内は晒せるものは晒し、足回りも固まりました。

殴り合いが始まります。

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