第44話 フォスティーヌの術


「命は数の多寡ではない」

 総作戦司令ダコールはそう呟いたが、これはバンレートに論破されたことに対する完全な負け惜しみである。

 総作戦司令になるまでの間に、すでに万の単位の部下を失っているダコールなのだ。


「それ、『正しいが、戦場では正しくない』と、かつて言ったのは先輩です。『結局は、命も数字』だと。

 私は、それ肝に銘じてここまでやってきました。結局、その数字を減らせた者が良い指揮官なのだと。

 どうか、ご決断を……」

「わかった、わかった」

「本当ですね?」

「バンレート、お前、疑い深いな」

「こういうときの先輩は、昔から信用できないんです。

 聞きますけれど、さっきの幼年学校時代のいじめのとき、先輩はどうなさったんですか?」

「その弱虫の代わりに、俺がケンカ相手のところに乗り込んだ、なんてことはないよ」

「……本当ですか?」

 バンレートは、ダコールの目を覗き込む。

 ダコールはわかりやすく動揺した。


 戦場でえげつない詐術を使う男が、後輩の視線にたじろいでいる。

 戦術的駆け引きが、ダコールという男の精神から切り離された知的営みだという証だろう。


「ちっ。

 ……行ったよ。

 で、2つ上の生徒3人がかりでぼこぼこにされて、ぴいぴい泣いて帰った。頼むから、思い出させるな」

「やっぱり……。

 そんなことだろうと思いましたよ。

 痛い目にあったのなら、幼年学校のときと同じ行動は採らないでください」

「考えておくよ」

 ダコールの気のない返事に、バンレートは居住まいを正した。


「先輩、いや、総作戦司令殿。

 その立場と責務において、適切な行動を取られるよう進言いたします」

「あ。

 テメェ、汚ねぇぞ」

「日頃、総作戦司令殿の薫陶のよろしきを得ておりますから」

「わかったよ、副司令兼艦隊旗艦艦長殿。

 考えておくよ」


 そう言われて、茶を飲み干してバンレートは立ち上がった。

 艦隊総力出撃ともなれば、バンレートの忙しさは限界を超える。そうそう座り込んで、話してもいられないのだった。


 − − − − − − − − − − − − − −



 ゼルンバス王都マルーラ、魔法省。

 ここには、国内最大の魔素の吸集・反射炉がある。

 魔素は日光と共に降り注ぎ、ここの吸集炉から金でできたキャップに溜め込まれる。残念ながら、日光と共に降り注ぐ魔素の濃度は薄すぎて、一度溜め込まないと使用できる量とならないのだ。

 急遽新造されたキャップと、セビエから戻ってきた分のキャップが整然と並び、壁一面に描かれた魔素を通す文様の末端が炉の中心とキャップにそれぞれに伸びている。


 金でできたかすがいが抜かれた。

 吸集・反射炉は、文字通りの2つの機能を持つ。その切替はこの金の鎹で、文様、炉心、キャップの三者を繋ぎ変えて行われるのだ。

 魔素は、金以外の金属には流れない。だからこそ膨大な予算が必要とされ、国家事業としてでないと魔素の吸集・反射炉は作れないのだ。


 炉心周囲には、ゼルンバスの魔術師たちが立ち並んでいる。また、大将軍フィリベールをはじめとする大将軍府関係者の姿も見える。

 作戦自体は軍事として、大将軍フィリベールの計画に組み込まれている。だが、その実行は完全に魔法省の指揮下にあった。


 たった今、炉心にあった大岩が、天眼通の術を使うアベルによって、月の軌道まで派遣されていった。

 天からの大岩にこれがぶつけられれば、ここにそれが降ってくることを防ぐことができる。

 すでに一度成功した方法であるし、再び成功する可能性は高かった。


 だが……。

 アベルは奥歯を噛み締めている。

 この方法は、懸念どおり失敗だ。天の大岩は一度は大きくその進路をずらしたものの、青く細い炎をあちこちから吹き上げ、再びここへ向かって飛んでくるようになってしまったのだ。


 この可能性は、弟子のクロヴィスと手紙のやり取りで話し合っていた。だから慌てはしないが、落胆しないで済むというものでもなかった。

 アベルは、見たものをそのまま声に出して周囲に伝える。


 それを聞いた魔法省フォスティーヌが、ローブの袖を上げ、白い腕を伸ばした。

 凛としたその佇まいは、女神を思わせる。

 その細い指先が、炉心のエリアに触れた。

 これで、フォスティーヌは体内の魔素ではなく、キャップに貯められ炉を通る膨大な魔素を使用することができる。


 フォスティーヌの持つ、彼女だけの術は、他心通。

 ただ、その娘レティシアの持つものと、術の極性が真逆である。レティシアの術は他人の心の中がわかってしまうというものだが、フォスティーヌのは自分の想念を他の人間にわからせてしまうという術なのだ。

 この術が発動し始めた頃は、相当に恥ずかしいことにもなったが、今は完全な制御下にある。


 天眼通の術を使うアベルも、同じくローブの裾を上げ、浅黒い腕を伸ばした。フォスティーヌを補助するためである。すでに1つ大仕事を変えているアベルは、体内に魔素が残っていない。なので、炉からの魔素の供給は絶対に必要だった。


 フォスティーヌも天眼通の術を使う。ただ、その術の完成度は、アベルに大きく劣る。とはいえ、治癒魔法ヒーリングや召喚派遣の基礎魔術以上の、複数の上級魔術を使える魔術師となると、この星の全魔術師の中でも1人か2人に限られてしまう。やはり上級魔術は本来、1人1種類しか使えぬものなのだ。

 ゼルンバスの魔法省の力は、フォスティーヌの力と言って過言ではない。それは、この天賦の才に裏打ちされている。

 


 アベルの誘導により、フォスティーヌは天の一角を見上げる。

 さらにアベルの細かい指示は続き、方位と距離、どのような色で、どのような形なのかも、細かく情報が与えられる。

 フォスティーヌの見えているものは、フォスティーヌの他心通でアベルに伝えられている。なので、アベルの指示は的確なものになるのだ。


 そして、ついにフォスティーヌの視界に天からの大岩が捉えられた。

 とはいえ、フォスティーヌには詳細などわからない。あくまで天に浮かんだ大雑把な輪郭にしか見えていない。

 だが、それでも、照準を定めるのには十分だった。



----------------------------------------------------------


あとがき


個人技を集団戦に昇華できる強み、ですねぇ。

人類最強の所以です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る