第43話 先輩、後輩


 総作戦司令ダコールは、呻くように言葉を発する。

 これは、自分の発言を自分が一番信じていない証拠である。

「たしかに技術的ハードルは高い。

 だが、不可能ではない。

 検知できていないが、デブリに偽装した人工衛星で、着弾点観測ができれば……」

「まさか、その着弾点観測結果は、敵母星に向けて光学送信しているとでも……」

「不可能ではない」

 副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートの発言を、ダコールは押しつぶす。


「瞬間物質転送機を想定するよりは、はるかに現実味があるだろう。

 この星では、かなり歪な形で科学が発展した歴史があるのかもしれないな」

「はい。

 焦る必要はありません。

 その当たりも確認してから……」

「それはそうなのだが……」

 ふと、バンレートは違和感を覚えた。


 長い付き合いだ。

 ダコールの考え方はわかっている。

 ダコールは決して戦争で博打はしない。「勝つかどうかわからないから戦ってみる」などという選択は、間違ってもしない。

 このような場合、6弾目、7弾目の小惑星弾を想定してもいい。より相手のことを知ってから艦隊を動かすので良いではないか。

 なのに、今日のダコールは、結論を急ぎすぎている。


「ともかく、その技術体系が確立しているとすれば、3弾目と4弾目の当初の岩石との衝突による進路干渉も説明ができる。デブリにレーザーを当て、誘導したんだ」

「そんな玉突きが可能なのでしょうか?

 というより、人工衛星網の想定なしでは、その作戦の実行は不可能ですが、今現在ですらそのようなものは発見されていません」

「だが、説明はつく」

「それはそうですが……」

 バンレートは曖昧に返す。


 その曖昧さを、ダコールならわかってくれるはずだと信じていたのだが……。

「どうもちぐはぐだな。

 敵の文明レベルの想定が一向にできん。

 だが、ワープを可能にする技術レベルではない。

 我々の優位は動かん」

「やはり、艦隊出撃計画に変更はなしということでしょうか?」

「ない」

 やはり、バンレートの違和感は拭われなかった。


 そこへ、オペレーター士官の報告の声が重なった。

「小惑星弾、敵惑星外縁部をかすめて太陽に落下。

 作戦失敗」

「当初の予定のとおり、艦隊出撃。

 5弾目の後を追い、直接の攻撃をもって敵の欺瞞を引き剥がす。

 総員、奮励せよ」

「はっ!」

 オペレータ士官たちの返事に、ダコールは頷いて見せた。



 その2時間後。

 なんとか時間をひねくりだしたバンレートは、艦内のダコールの私室を訪れていた。

「ダコール先輩」

 2人きりのときは、士官学校の時の後輩に戻ってしまうバンレートである。


「なにかありましたか?

 ごまかされませんよ」

「ちっ」

 返ってきたのは、ダコールの舌打ちである。

 ダコールも、士官学校の時の先輩に戻ってしまっているのである。


「やりづれーな、まったく。

 母星からだ。

 総統の誕生日が、10日後に控えている。

 なんらかの戦勝報告がその日に欲しいと、統幕から総作戦司令直通暗号がな……」

「そんなことに暗号通信を使うとは……」

「そんなことだからこそ、暗号を使ったのだろうよ」

 ダコールの言葉に、バンレートは絶句した。

 母星の、生臭い権力闘争の一端が見えた気がしたのだ。


 副司令である間は、その矢面に立つことも少なくて済む。

 だが、ダコールは艦隊の士官の見えないところで、さぞや面倒な気使いをし続けているのだろう。


「まあいい。

 私が持ち込んだ良い茶葉があるんだ。3RS(Resource recycling and resynthesis system)で合成された偽物ではないぞ。

 一杯付き合え」

「頂きます」

 ことあるごとに、バンレートはダコールに紅茶をご馳走になってきていた。おそらく、100杯では利かないだろう。

 今回もその延長である。


 士官学校卒の上級士官は、カフェインの入った飲み物を好む傾向がある。

 杯数を重ねても、胃に負担が少ない茶を好む者は多いのだ。そしてなにより、茶葉は軽い。戦艦への個人の持ち込み重量は決まっている。戦艦乗りで、同じ重さで杯数を取れるお茶派が増えるのは当然のことだった。


「先輩の説明で私は納得はしましたが、戦いは別のもの。

 5弾目とともに侵攻し、敵を圧することは可能でしょうか?

 万一、瞬間物質転送機を相手が持っているとしたら、我が艦隊は壊滅させられるかもしれません」

「それはわかるのだが……」

 ダコールの口調は重い。ダコール自身、疑念を振り切れていない証だった。

 だが、総作戦司令として、統幕からの暗号を無視できない板挟みに置かれている。


 そこへ、お茶が運ばれてきた。淡い紫色の水色が美しく、香り高い。

「では先輩、お願いがあります」

 一口飲んでその香りを堪能したのちに、バンレートはダコールに提案する。


「なんだ?」

「今回の敵との戦いのキーワードは、月軌道です。

 敵の迎撃行為は、すべて月軌道の内側で起きています。

 5弾目を囮にし、艦隊が月軌道の内側に侵入する際に、艦隊主力は一旦月軌道の外側で停止し、標的艦、軽巡のみで侵攻させましょう。

 敵惑星が見せかけどおりの文明レベルなら、軽巡1隻でお釣りが来ます」

 バンレートの提案に、ダコールは渋い顔をした。


「……なかなか忸怩たる作戦だな。

 ケンカ相手に弱い者を差し出すってのは、幼年学校時代のいじめを思い出すぞ」

「先輩、そんなことを言っている場合ではないでしょう?」

「それはそうなんだが……」

「私が敵で、瞬間物質転送機を持っていたら、大将首を真っ先に獲りに行きます。

 つまり、一番大きいアーヴァー級に攻撃を仕掛けます。

 アーヴァー級なら3000人、グロス級なら1000人からが一度に死にます。ましてやアーヴァー級なら、その後の艦隊行動にまで支障が出ます。

 単純に200人で済むなら、越したことはありません。

 これは真っ当な作戦です」

「命は数の多寡ではないのだがなぁ」

 そうダコールは口の中で呟いた。

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