第46話 コリタス王の企み
ゼルンバスの玉座の間は、魔法省からの報告に湧いていた。
文字通り、魔法省はゼルンバスの王都マルーラを救い、王を始めとする王都に住む全員の命を救ったのだ。
王は、地方都市の別荘への一時的な玉座移動を拒否していた。
王都の民たちは、そんな王へ熱狂的な忠誠の声を送った。
だが、王とて深い考えがあってのことだ。「王として一度は前線に立って見せることも必要だし、ならば一番安全な時に」という判断である。
魔法省が打つ手がある間に、ということだ。
だが、緒戦で前線に立った王に対し、以降は民の側から避難を要請するだろう。政治的に、この一度は大きな意味を持つのだ。
「で、モイーズ伯、報告ご苦労。
貴領復興については、後ほど書記官から説明させる。それなりに話は進んでいるから、安心するが良い」
ゼルンバスの王は、モイーズ伯にそう声をかける。
ようやくセビエからコリタスという2国との交渉を終え、膨大な国益とともにゼルンバスの王都マルーラに戻ってきたのである。天からの大岩が落ちてくるという厳戒態勢の中、構わず戻ってきたことに対する評価は高い。
モイーズ伯の後ろには、天眼通の術のクロヴィスと他心通の術のレティシアが控えている。
レティシアは、その顔に再び一面に紋様が描かれており、碧の大きな目と通った鼻筋としかその相貌はわからない。皮肉にも、国に戻ったからこそ、レティシアは他心通の術を封じる紋様が必要となり、素顔を晒せないのだ。
そして、もう1人……。
「お目見え、感謝つかまつります」
つややかな黒髪を結い上げ、白い肌に赤い唇のコントラストが美しい若い女が優雅に頭を下げ挨拶する。
「コリタスが副王の娘、ロレッタでございまする。
この度、コリタスが王により、モイーズ伯に下賜されました身でございます」
「だから、その儀は辞退したはずではないか」
「そう仰られても、私めとしては王命には逆らえませぬ。
ましてやモイーズ伯は奥様を亡くされ、お子様もいらっしゃらずと聞き及んでおります。なんの不都合がございましょうや」
「……いや、あのな」
玉座の前にして、モイーズ伯は狼狽しきっている。この男にしては極めて珍しい。
「ロレッタ。
モイーズ伯の取り入り、ゼルンバスの王室にてコリタスの間諜になろうと思うてか?」
あまりに単刀直入の、ゼルンバスの王の問いである。
「御意。
お言葉どおりでございます」
ロレッタの答えもあまりに屈託がない。
玉座の間に張り詰めた緊張感が、弦の緩んだ楽器の音色ような、間の抜けた物になる。
これをロレッタの人徳と言えば、言い過ぎだろうか。
ロレッタは、さらにしれっとした口調で続ける。
「ですが、これは我がコリタスの王の失策。
私め、ゼルンバスに来るにあたり、学院卒業まで1年を残していることから、留学という大義名分もまたございます。
学院生である以上、モイーズ辺境伯は自らの領地にお戻りになられるという話ゆえ、伯に下賜された身なのにあとを付いても行けませぬ。また、一学院生が、モイーズ伯もいないのにゼルンバスの王宮に出入りも叶わず。
しかも、ここにおいでのクロヴィス殿とレティシア殿に、コリタスの王は下賜の玉音を発する前に意図を見抜かれ、その策に意味がないことも論破され、なのに言い出してしまったゆえの意地のままに下賜された我が身なれば、もはやなるようにしかならず。
願わくば、ゼルンバス王宮内の差し障りなきことをお教えいただき、コリタスに報じさせていただければ、コリタスの王命も果たせたことになろうかと。
そして、学院卒の後は、モイーズ伯の領にて、我が身と侍女の2人分の食い扶持がいただければそれで結構でございます」
あまりのものの言いように、玉座の間に失笑が漏れる。
「コリタスの
さらに、このような声さえ漏れている。
クロヴィスとレティシアは、コリタスへ墜ちるはずだった天からの大岩を防いだ晩、モイーズ伯と話している。
その際にクロヴィスは、人の暗部も怖じずに見ようと決めた。そして、すぐにコリタスの王のこの企みに気がついたのだ。
レティシアに至っては他心通の術のこともあり、たった数日で人の暗部を嫌というほど見てしまった。クロヴィスと同じ結論に至るまで、一瞬のことだったのだ。
そして……。
「発言を許されたく……」
「クロヴィス、なにか?」
王に発言を許され、クロヴィスは一瞬レティシアと視線を合わせたあと、爆弾を投下した。
「今ここで、初めて明かしましょう。
ロレッタ殿は天足通の術を能くする魔術師にて、おそらくはその気になればゼルンバスの王宮のどの部屋にも現れ、さらにはコリタスにさえ瞬時に戻りうることでございましょう」
玉座の間は一気に緊張に満ちた。
周囲の視線は、冴え冴えとした美貌を誇る若い女性を見る好意的なものから、今この場でゼルンバスの王を弑いする力を持つ野獣を見るものになった。
そこには、当然のように怯えすら含まれている。
魔法省の長のフォスティーヌがこの場にいれば、もう少し玉座の間の緊張は緩やかなものになったかもしれない。だが、この場でゼルンバスの魔術師はクロヴィスとレティシアしかいない。
残念ながら、フォスティーヌが築き上げてきた信用と信頼に、若い2人の魔術師では及ばないのだ。
「おや、知っていらしたのですね?」
「同じ魔術師なれば、わからいでか、と」
クロヴィスの答えに、婉然とロレッタは笑った。
本当は、レティシアが他心通の術で探知したのである。ロレッタの意識がわかるのだから、このくらい当然のことだ。だが、その手の内をここで晒す必要はない。
ロレッタは、鎖に繋げない猛獣に等しい存在なのだ。
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あとがき
物事には裏表がありまして……w
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