第39話 コリタスの王の策


 クロヴィスは、レティシアの説明に唸った。

「……なるほど。

 では、コリタスの王は、自らゼルンバスの配下となって権勢を……」

「それもまた違うな」

 モイーズ伯が、クロヴィスが言いかけた見立てを否定した。


「あれで、コリタスの王、存外にしたたかよ」

「自ら『人質を出す』と言いながらですか?」 

「10日後を目処にという、その意味がわからんでもあるまい?」

「それはたしかに」

 言われてみればそのとおりだ。


 天からの大岩は、今もゼルンバスの首都マルーラに向かっている。

 4弾目も、そして5弾目も、だ。

 5弾目に至っては、あまりに当たり前過ぎて、進路が確認されたときももはや誰も騒がなかった。

 ただ淡々と撃墜するのみである。


 その5弾目への対処が終わり、あるかどうかがわからない6弾目までが過ぎてから人質を出すと、コリタスの王は言っているのだ。決してゼルンバスとの運命共同体を志したのではない。


「マルーラに落ちてくる天からの大岩に対し、ゼルンバスの対処を見極めたら、という意味だからの。天の敵だけでなく、ゼルンバスの動きまで確認しようということだ。

 しっかり保身は考えておるわ」

「なるほど」

「そのくせ、自らの王子だけはすぐ出しても良いと言う。なかなかの役者よ」

「そういう話だとすると、『すぐ』となったら困るのではありませんか?」

 即座に聞き返したクロヴィスに、モイーズ伯は笑った。


「相手は4歳児ぞ。

 ここを出たとて、道中で風邪を引いて熱を出したとかで、簡単に数日は稼げる。いくら治癒魔法ヒーリングを掛けたからと言って、玉体を軽んじて良いことにはならぬ。大事を取って数日休ませたいというのを、否とは言えまい。

 そこに作為があるのかと、無理にも問い詰めれば、『他国に先駆け一番に人質に出すと提案し、実際にコリタスを出発しているのに、ゼルンバスには誠意が通じないのか?』とくるであろうよ。

 ここで、人質という『実』は出さずとも、『一番目』という花は、しっかり持っていこうということよ」

「……なるほど」

 言われてみれば、ありそうすぎて反論もできない。


「逆に、素直に4弾目と5弾目の間にゼルンバスに送り届けたとしたら、さぞや恩着せがましく、鼻高々だろうな。

 自ら言い出したことを実行したに過ぎぬのに」

 モイーズ伯は茫洋とした表情のまま結構な毒を吐く。


「それだけではない」

「まだあるのですか?」

「今回のことにつき、私に礼をしたいと言ってきた」

「モイーズ伯のなされたことを考えれば、特に問題があるとは思いませんが……」

 クロヴィスの言葉とは裏腹に、会話に加わったレティシアの口調は深刻だった。

「おそらくは……、相当な品を寄越してくるだろう、ということですね?」

「それがなにか、まずいのでしょうか?」

 クロヴィスには、まだわかっていない。


「相当な品を下されるということが、別の意味を持つということでしょうか?」

「ゼルンバス王とモイーズ伯の離間策よ」

 答えたのは、モイーズ伯よりレティシアのほうが早かった。

 そしてそのレティシアの言葉に、クロヴィスの口が半開きになった。


「……なんと。モイーズ伯を埋伏の毒とすると?

 ですが……」

 クロヴィスの頭に浮かんだ疑問について、モイーズ伯が先んじて答えた。

「そのとおり。

 このような離間策は、即効性があまりない。

 だが、今回はそれが良いのだ。

 天の敵との戦いに一定の目処がつくまでは、王と私が離間してもらっては困ると考えているのだ。天の敵にゼルンバスが負けたら、元も子もないからの。撃退の目処が立ったところで離間策が発動するのが、コリタスの王にとってもっとも理想であろうな」

「なるほど」

 クロヴィスは、驚きで乾いてしまった口の中で呟く。


 クロヴィスは決して愚かではない。

 その気になれば何でも見えてしまうため、人の暗部は見ないように心の中で無意識に制動が掛かってしまうのだ。そもそも、天眼通の術で見ている事象自体が真っ黒なのだから、さらに昏い人の心に対する忌避感は責められぬ。

 だが、その気になれば、クロヴィス自身でたどり着けた答えではあるだろう。


「それはともかく……、さすがはレティシア殿。

 よくも見通されたな」

「お待ち下さい。

 それが自分が考えたものなのか、モイーズ伯の考えが私の中に入ってしまったものか、それすら今の私にはわかりませぬ。

 お褒めの言葉は過分にして……」

「なら、自分が考えたことにしておけば良い。

 そうでないと、レティシア殿の考えや心というものが、全部無くなってしまいかねないではないか」

 モイーズ伯の言葉に、レティシアは曖昧に頷く。

 納得できてはいないのであろう。だが、否定もできないのだ。


 とはいえ、レティシアもすぐに、その切り分けができるようになるだろうとクロヴィスは思う。

 自分が、肉眼と術の視界をいつの間にか峻別できたように、だ。


 モイーズ伯は続ける。

「レティシア殿が他心通の術を持っていることを知っていたら、コリタスの王もこのような策は採らなかっただろうが、な」

「人というものはどこまで……」

 クロヴィスは呟くが、反省もしていた。


 今後は事象ばかり見るのではなく、人の心の奥についても推測をすることを厭わぬようにしようと。

 いかに昏くてもそれに耐えなければ、あまりにわからぬことが多すぎる。自らの役目は見ることだ。

 見なければならぬのだ。


「なに、昔からのありふれた手よ。歴史を見れば、いくらでもあること。

 驚くには値せず。

 レティシア殿、このことまで含めて王への報告を書いて貰えるかな。

 それから、条約の文書も至急、と。

 さらにだが……。

 こちらも悪どく行かせてもらおうか」

 そう笑うモイーズ伯の顔は、茫洋さが消え、相当に悪いものになっていた。



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あとがき

老練なる先達

若くして成長する人

若くして自分を発見する人

のチームなのです。

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