第38話 モイーズ伯の説明


 協議を終え、立ち上がったモイーズ伯を、コリタスの王が引き止めた。

「今しばし。

 モイーズ伯個人に対し、コリタスから礼を考えたい。

 是非にも受け取っていただきたい」

「とんでもない。

 固辞させていただきたく。

 あくまでゼルンバスの王命に従ったのみにて、御礼をいただくなど筋が違うことゆえ……」

「その言葉は聞こえぬ。

 出立までには用意するゆえ、必ず受け取って欲しい」

 コリタスの王は強硬である。


「感謝の極み。

 ありがたき幸せ」

 モイーズ伯は、胸に手を当て、優雅に一礼した。断りきれないと判断したのである。

 そして、部屋から出ていった。



 モイーズ伯がゼルンバスからの使節として割り当てられた部屋に戻ると、ドアを背にして、魔素笛ピーシュを抱いた護衛のルノーが複雑な顔をして座り込んでいた。

 だが、モイーズ伯が姿を見せると、途端にその表情が引き締まる。


「よい」

 ドアの前を空けたルノーに笑いかけながらそう一言掛けて、モイーズ伯は部屋に入る。

 ルノーが馬鹿らしいと思いながらも、任務に忠実なることはありがたいことだ。


 そもそものこととして、一般の兵が魔素笛ピーシュを使わねば魔術攻撃を行えないのに対し、魔術師は生身で数種類の攻撃魔法を使いこなす。つまり、自分より遥かに強い人間を護衛するルノーの立場と気持ちは、思いやってみれば少し可笑しい。


 だからといって、自らの背をドアから離さないのは、襲撃されたら犬死にであってもその任を果たす覚悟でいるということで、モイーズ伯としてはその内心まで咎め立てする気はない。

 むしろ、ここでルノーより遥かに弱い自分が現れたことで、やる気が出てくれたのなら良いことだと思っている。



 部屋に入ると、目の縁を赤く染めたレティシアが顔を上げた。

 おそらくは、泣いていたのだろう。だが、なんとか己を立て直せたのではとモイーズ伯は見た。

 一方でクロヴィスは、簡易魔法陣を広げ、なにやら解呪の術を行っている。


「ご心配をお掛けしていて、お詫びのしようもございませぬ」

 レティシアが気丈に言葉を振り絞るのを、モイーズ伯は片手を上げて制した。

「これもなにかの縁。

 気にさるることなかれ。

 クロヴィス殿、ゼルンバス王室に至急便を送りたい。

 レティシア殿、早急に文を書いていただきたい」

 途端に、若い2人の顔がきりりと変わった。

 モイーズ伯は頼もしさを感じながらも、まだ二十歳にも満たず、自分というものを消化しきれないままに重荷を背負う2人に憐れを感じていた。



 改めてテーブルを囲み、モイーズ伯は先ほどまでのコリタス王との交渉について、クロヴィス、レティシアに話す。

 この2人が理解してくれないと、ゼルンバスに報告ができないのだ。


「なんと、同盟を組んだだけでなく……」

 クロヴィスは、モイーズ伯の功績に言葉を失う。

「一番目ということに価値があるのですね。

 もちろん、ゼルンバスにとっても」

 と、これはレティシア。

 レティシアが自ら話すのは、クロヴィスの気遣いの成果かもしれぬ。


 他心通の術を開放するまで、レティシアはその生命力が溢れ出るような娘だった。それが徐々に笑みを失い、自己嫌悪と孤独感に苛まれ、パニックに陥っていた。

 だが、再び自分の足が着くところを見つけ得たのかもしれない。問われずとも自ら意見を述べるのは、なんとも久しぶりなのだ。


「そうだ。

 さすがはレティシア殿、人心を良くわかっておられる」

「いえ、そのようなことは……」

 モイーズ伯の言葉に、視線を下げてしまうレティシアに、クロヴィスは問う。


「一番最初に人質になると、一番大切にされるということでしょうか?」

 クロヴィスは物質の本質を見抜くが、人心とそこからなされる策についてはまだ経験が浅い。


「それもあろうが、コリタスの王の判断を聞いた他国の王は、こぞって人質をゼルンバスに送るだろう。

 結果として、この星内部での戦は、アニバール征伐のみで終わる。

 ゼルンバスの王は、この星の王となり、兵権と魔素のすべてを握るだろう。

 この、コリタス王の功績は極めて大。

 最恵国待遇では安いぐらいよ」

「……なるほど」

 クロヴィスはそう答えるしかない。


 ひょっとして、師のアベルが「見えぬことこそ見ろ」と言い続けてきたのは、師もこのような策を見る経験をしてきたからかもしれない。

 人の世のはかりごとは、天眼通の術では見えないのだ。


「最恵国待遇まで、本国に諮ることなく決めてしまってよかったのですか?」

「構わぬよ。

 ゼルンバスでは、アニバールに対して関税の条件付き撤廃を考えているらしいからな」

「……どういうことでしょう?」

 恥を忍んでクロヴィスは聞くしかない。


 モイーズ伯のような、百戦錬磨の駆け引きはまだ荷が重すぎる。そして、レティシアは、悪気なくモイーズ伯の考えをカンニングしているのに等しい。本来ならクロヴィスと同じく、意味がわかっていなかったかもしれない。


「私が観るところ、ゼルンバスの王は、国家間の障壁を廃そうとしている。

 ゼルンバスにとっては損害となる、関税の撤廃をあえて行う意味はなんだ?

 結局は一時のこと、将来にわたる損害ではないということよ。

 すべての国に対し、そういった取り決め自体が意味をなさなくなるだろう今、最恵国待遇などなんの意味もないな」

「どういうことでしょう?」

 クロヴィスは再び聞くしかない。


「ゼルンバスの王は、この星のすべての国を1つにまとめようとしているのですね」

 レティシアの言葉に、クロヴィスはぎょっとした顔で振り返る。

「この星の王、いや、皇帝になられるということか?」

「そこまではわからずとも、1つの国になってしまえば外交問題は生じぬのはわかります。

 関税もなく、相互の法律の摺合せもない。

 天からの敵に対しても、一枚板として対抗できましょう」

 レティシアは、たとえモイーズ伯の考えを読んだ結果にしても、その中身はきちんと理解している。



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あとがき

一方で、コリタスの王もしたたかで……

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