第37話 協議終了


 王が王子を人質に出す。

 そのことにつき、「王の好きにすれば良い」とどこか他人事と考えていた各閣僚たちは、問題が一気に自分のものとなることで、その損得を真面目に考えだした。

 そもそもだが、天から大岩が落ちてくるような今の状況ともなれば、親と子は離れた街で暮らし、その血を守る必要があったということにも思い至ったのだ。

 このあたりの感覚は、貴族ならではのものである。


 さらに思えば、コリタスは辺境にある中堅国にすぎない。そして、強国から子息の留学に便宜を図ると言われたら……。これは、一石二鳥ではないのかと思わざるをえない。

 娘を持つ親であれば、ゼルンバスで娘が王子を蹌踉めかせることができたら王の岳父という地位が手に入ると、虫の良いことも考えられる。



 モイーズ伯の提案は、とても断れるものではなかった。利と義、両方から行くべきであり、行かねば逆に恫喝までされかねない。「お前たちは、王子の頭の中身がゼルンバス人になることを許容するのか?」と問われているのに、政権中枢にいて応えない選択はない。


 あまりに当然のことだが、幼い王子を単身ゼルンバスに送れば、コリタスの風土、習慣を身につける機会を失う。

 王子が将来王位に就いた後、「所詮、ゼルンバスかぶれの王だから」などという陰口を叩かれるようなことになれば、国が乱れる元である。しかも、そうならないようにという、他ならぬゼルンバスからの提案をコリタス側から蹴った経緯があるとなれば、その陰口には一片の正当性もなくなる。

 これは、後々にゼルンバスがコリタスの内政に介入する口実となりかねない。


 その一方で、ここで自分の子を出して、コリタスのコミュニティをゼルンバスの王都に作る意義は大きい。

 大使館ルートとは別に、最大の版図を誇る国の中心に、国としても個々の貴族としても、強力な外交人脈を作れるのだから。しかも、コリタスの次王と自分の子が、学友として密接な繋がりを持つことができるのだ。さらに、一度作れば、永続的に維持していくことも楽にできよう。

 問題は、有事の際に王子と一緒にゼルンバスの人質となってしまうのだが、その損益を天秤にかければどちらに針が傾くかは考えるまでもない。


「ゼルンバスの王だけでなく、当然のこととしてこのモイーズ、責任を持ってご子息がたの身の安全は守り抜きましょう」

 モイーズ伯が更にそう推すのに、副王が声を上げた。

「貴国に行くのは、息女であっても構わぬかな?」

「なんの問題がありましょうや?」

 モイーズ伯は、質問に質問で返す。

 これは、あえての問いと見抜いたからである。


「我が娘がゼルンバスに行くとなれば、先々そちらの男と結ばれるようなことになるやもしれぬ。

 となれば、父としては娘の幸せのため、コリタスはゼルンバスとの外交上、最恵国待遇をいただきたいのだがな」

 最恵国待遇とは、ゼルンバスが外交を行っている国々との協定の中で、コリタスより良い条件で条約を締結した場合、コリタスにも同様に好条件が適用されるというものだ。

 関税から民法、商法に至る個人の個々の契約への運用に至るまで、その恩恵は大きい。


 副王の言葉に、モイーズ伯は莞爾と笑って答えた。

「まさかに、今から法廷での離婚協議のご心配ですかな?

 とはいえ、コリタスの最恵国待遇については、ゼルンバス王の名代としてお約束いたしましょう」

 モイーズ伯がそう請け合うと、場の空気は一気に和んだ。


「だが、独断で返答して大丈夫なのか、モイーズ伯?」

 副王の問いに、モイーズ伯はさらに笑った。

「このモイーズ、子供の使いにあらじ。

 まごうことなくゼルンバスの王の名代なりせば」

 さらに場の空気は白熱した。


 閣僚たちの中からも、次から次へと声が上がりだす。

「我が愚息も、なにとぞ」

「我が拙女も。ただ、乳母と護衛も付けたいと思うが……」

「年齢で1年限りになっても、行かせる所存」

 それらの声を単純に聞いていれば、コリタスの貴族の学校の生徒がそのままゼルンバスに全員転校する勢いである。


「まことに結構なことよ。

 コリタスに新しき風が吹き、国の力も増そうというもの。魔術師も天足の1人を国に残し、天眼のディルクと2人、ゼルンバスで学ばせようぞ」

「おや、保守を描いたような司法大臣殿、新しき風とやらの真っ先の否定論者になるかと思うたが」

「ゼルンバスから最恵国待遇いただけるのだから、どの国よりもコリタスは有利。貿易においても、黒字は跳ね上がろう。抵抗勢力はことごとく牢に繋いでくれようぞ」

「困ったことに、まるで冗談に聞こえぬわ」

 場はわいわいと盛り上がる。


 そこへ、コリタスの王が最後に低い声を発した。

「落ち着くのだ。

 浮ついて、コリタスの誇りを失うな。

 元も子も無くすぞ」

「申し訳ありませぬ」

 鞭打たれたように、各閣僚は冷静さを取り戻した。


 ここコリタスでも、ゼルンバスと同じく王権は絶対らしいとモイーズ伯は思う。そういえば、前に訪れたセビエの玉座の間は、もう少し和気藹々としていたかもしれない。今よりも時間の余裕がなく、そう深くは観ることができなかったが……。

 どちらが良いとは言えぬが、これもその国の文化なのだろう。


「モイーズ伯。

 恥ずかしいところをお見せした。だが、卿の提案には乗らせていただく。

 王子はすぐでもよいが、その他の者たちは準備もあるゆえ10日後を目処にゼルンバスに出立させたい」

「本国にもその旨、すぐに伝えましょうぞ」

「二国間の同盟と最恵国待遇を証する書類も、早急に用意されたし。

 すぐにでもサインしよう」

「ありがたき幸せ。すぐにでも文を飛ばしましょう」

 モイーズ伯はそう言って立ち上がった。


 クロヴィスとレティシアも、そろそろ一通りの話はできていよう。報告書を派遣・召喚してもらわねばならぬ。

 若い2人の魔術師が心を立て直していてくれると良いが、とモイーズ伯は祈っていた。



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あとがき

双方にさらに口に出せない思惑があるのです……

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