第36話 コリタス王の一手


「モイーズ伯、貴殿であれば聞かずともわかっておろう」

 コリタスの王の確認とも取れる問いに、モイーズ伯は答える。

「想像がつかぬでもありませぬが……。

 コリタスの王家の血筋を残すためなら、他にもいくらでも手はあるはず。

 また、王子を質に出すにせよ、ゼルンバスとて天の大岩の落下は有りうりましょうし、コリタスの事情でも今このときである必要はまったくないかと。

 なにゆえ、そこまで思いきったことをご決意されたのか……。

 ゼルンバスの王への仲介を頼まれるのであれば、これに依られる利をどうお考えかお聞かせいただいておかねば、この任は果たせませぬ」

 ゼルンバスの一貴族としてのモイーズ伯の問いに、コリタスの王は深々とため息を吐いた。


 話しだしたコリタスの王の表情は、苦悩に満ちていた。

「モイーズ伯。

 卿を信用して、余の考えを伝えよう。

 我が閣僚たちも、これについては一緒に聞いておくのだ」

 先ほどまでとは、質の違う重い空気が漂った。おそらくは、軽く頷いている副王のみが王の意を理解している。


「……コリタスは変わらねばならぬのだ。

 まずは、ディルクめ、あやつ、天の大岩について、おのれの手柄のような話しおったわ。

 魔術は国の根幹。

 なのにコリタスは国が小さく、人口が少なく、魔術師の数はさらに少ない。ゆえにコリタスでは魔術師は王直属として、道義、信義で繋がってきたがそれが裏目に出た。

 悪気のない行動だとしても、だから良いという範囲を超えている。

 魔術師が信用できぬようでは、国は立ち行かぬ。ましてやそれを、外国の使節に見抜かれるとは、もはや取り返しがつかぬ失態。

 国として体を成しておらぬわ」

 なるほど、先ほどのモイーズ伯の「ゼルンバスの魔術師、クロヴィスの見立てで」という言葉が、コリタスの王に与えた衝撃はこの上なく大きかったのだ。


 だが……。

 おそらくはコリタスの王は、これを薄々疑っていたのだろう。だから、最初からこの場にディルクを置かなかったのだ。

 モイーズ伯のいくつも立てていた予想の中に、この事態もありそうなこととして想定されていた。だが、実際にその予想が当たってみれば、コリタスの王の落胆が身につまされる。


「今までは、それでも良かったのだ。

 辺境の地で、他国にも攻められず、こちらから攻めもせず、100年後も同じように国を保っていけると思っていた。だから、王の一族を質に出すこともなかつた。

 国内が腐ろうとも、腐って倒れる前には自浄もされてきた。それが、他国から攻められにくいコリタスの歴史じゃ。

 だが、そのような安穏の日々は、天からの敵の来襲によって終わった。

 我が子だけでなく、この国の魔術師も危機感をもって叩き直さねば、コリタスにも天の敵と密かに結ぼうと考える者も現れるやも知れぬ。挙句の果てに、天からの敵に真っ先に滅ぼされるのが我が国ということにもなろう」

「……」

 モイーズ伯は無言のまま、深く頭を下げて王に敬意を示した。


 これは王の名代としての立場を離れ、1人の人間として王の苦悩に共感を表したのだ。ゼルンバスの王本人がこの場にいたとしても、同じように敬意を示していたかも知れなかった。王とは孤独なもので、その責務からは逃げ場がない。その王しかわからぬ辛さが、コリタスの王の全身から滲み出て見える。


 だが、同時にこれは、コリタスの王のしたたかな計算と言えるかもしれなかった。

 人心を入れ替えるような改革をしようとする者は、たとえそれが王であっても排除の対象になるのは歴史が示すとおりである。ならば、第三者たるゼルンバスの王に一部始終を見せてしまい、内外に改革を約してしまえば、コリタスの王単独で動くより弑逆の危険は大きく減る。ゼルンバスの政治的介入を、考えないわけにはいかないからだ。


 さらに、血を引く王子がゼルンバスにいるとなれば、ますます王を弑することはできなくなる。父を殺された王子が戻ってくるときは、ゼルンバスの軍を引き連れてということになるし、同時に王子を傀儡にしてのゼルンバスの統治が始まってしまう。


 天からの敵が攻めてきている今、どこの国でも国家内でのごたごたが許される余裕はない。だが、愚かな者はいつでもどこでもいるものなのだから、コリタスの王がこのくらいの用心をしていても不思議はなかった。


「コリタスはゼルンバスと同盟を結び、天からの敵と戦おう。

 モイーズ伯の役目は果たされた。

 その上で、さらに両国の絆を固めたい。そのための案を、コリタスの王として提示し、ここにモイーズ伯に仲介を望むものなり」

 そう言ったコリタスの王とモイーズ伯は、しばしの間視線を合わせ、身じろぎもしない。


 だが、今度ばかりはモイーズ伯が根負けした。

「わかり申した。

 御意のままに……」

 モイーズ伯は、胸に手を当てて礼をする。王の立場ではない、一貴族としての礼で要望に応じたのである。


 モイーズ伯はさらにそのままの姿勢で、コリタスの王に問う。

「では、もう1つ、発言を許していただいてもよろしいか?」

「なにか?」

「コリタスの王の英断により、ゼルンバスとコリタスは不可分な同盟を結ぶことと相成り申しました。

 となれば、コリタスには今以上に強くなってもらわねばなりませぬ。

 王子だけでなく、ここにいる各閣僚のご子息、さらにはコリタスの魔術師もゼルンバスに学びに来られてはいかがかと。

 口幅ったい言いようでございますが、このモイーズ、コリタスの方々の留学に力の限り便宜を図りたいと思いまする。

 コリタスの方々が同行さるることは、幼き王子がコリタスの習慣とともに長じ、良きコリタス人になるに不可欠なことと愚考いたしますが……」

 モイーズ伯の言葉に、閣僚たちがざわめいた。

 自分たちの身のこととして、問題が一気に降り掛かってきたからである。



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あとがき

相手の手に乗って、手を打ち、さらにその手に乗られるのです。

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