第35話 コリタス王の提案
コリタスの王は、それでも反論を試みる。
「間違ってはおらぬ。
間違ってはおらぬのだが……」
「ゼルンバスの王の覚悟は、凄まじきものあり。
たとえ戦わず降伏したとしても、ゼルンバスに限らずこの星の王族は、すべて敵によって粛清されましょう。いや、王族どころか、すべての民が殺されるかもしれぬ。立て続けに天から大岩を落とされたら、地下に潜っての抵抗もできまい。
そんな中で、同志とせねばならぬ他の王族に死を?
それこそ、なにを口にされているのか?
もっとも、我が身可愛さにその敵と通じるような
「……そのようなことはありえぬ。
余とて知っていれば、ゼルンバスの王と同じことをしただろう」
コリタスの王は、モイーズ伯の牙城を突き崩すことはできない。
ここで、モイーズ伯の雰囲気が、再び茫洋としたものに戻った。
他国でやり込めて終わりでは、恨みを買う。これは先ほどのコリタスの魔術師、ディルクに対するのと同じである。
救いをも与えねばならぬのだ。
それが外交である。
「もう1つ、付け加えさせていただこう。
戦って勝ち、敵を撃退した後のこの星の統治のこと。
これについては、ここコリタスでも一番の心配事でございましょうな。
この星の王たちは、ゼルンバスの一強時代を恐れておりましょう。
また、ゼルンバス王家以外の王族はすべて粛清されるのかとも、憂慮されておりましょうな。
ですがそのようなこと、決してありえぬ。少し考えればわかる自明のこと」
モイーズ伯は救いの言葉を掛けるために、そのように切り出した。
「なぜだ?」
コリタスの王が、口を眠気覚ましの
「至極簡単なこと。
天からの敵を撃退し、さらに彼らの母星を征服しえたら、今の心配も当を得たものとなりましょうな。ゼルンバスの王は星々を超えた大帝国の王、いや皇帝になられることになる。そうなれば、他の王室など、粛清対象以外のなにものでもない。
ですが、逆にお聞きしたい。
ここコリタスの魔術師の術である天足通で、自由自在に自分の思う場所行き来でき、飛行や水面歩行、壁のすり抜けまでをし得たとしても、月まで行けますかな?」
「かつての記録にある。
行ってみようとした者はいた。だが、戻っては来なかった」
ここで答えたのはコリタスの副王である。その言葉に、「まさか本当に行こうとしたとは……」と、モイーズ伯は内心で驚いていた。
だが、その驚きは顔には出さない。
ただ、クロヴィスから聞いた知識で、そこから推し量ったことをはったりとして言ったに過ぎないのではあるのだが。
「でしょうな。
ゼルンバスの天眼通の術を使う魔術師でも、月の外側はほとんど見えぬ。
魔術が使える有効な距離は、月の回る道より内側のみ」
「それが、どういう……」
そう問う副王は、コリタスの王を少しの間矢面から守ることで、余裕を取り戻させようとしているのだろう。
そこにさらなる良くない情報を投げ込むと、モイーズ伯は内心で決める。
「わかりませぬか?
月すら行けぬ我々が、とてもではないがさらに遠い敵の母星まで行けるはずもない。
すなわち、敵の撃退はできても、それでこちらからできることは終わりなのです。そして、敵の本拠を叩けぬ以上、すぐにまた攻めてきましょうな。
すなわち、戦時体制は永遠に続くと考えねばならぬ」
「それはもっともなこと」
コリタスの王はしわがれた声で相槌を打った。
ここで、この返答は副王には任せられないという王の意思なのだ。
おそらくは、戦時体制が永遠に続くとまで考えていなかったのだろうし、そこに思い至ったときには、ショックで口の中が乾ききってしまったのだ。
この災難は終わらぬ。
その残酷な現実を、モイーズ伯は突きつけたのだ。
「そこで問いましょう。
いかに強大とはいえ、果たして今のゼルンバスの王統府に、この惑星すべての王室に代わり執政しうる力がありましょうか?
代わり得ぬのに他の王室を滅ぼせば、内乱を呼ぶのが関の山。自ら、天からの敵に負ける未来を呼び寄せる、愚かしき行為。
ゼルンバスの王が、それも考え得ぬ愚かな王だとでも?」
「そんなことを言ってはおらぬ」
「失礼。
言葉が過ぎましたな。
ですが、言いたいことは変わりませぬ。ゼルンバスの王は自滅の道は選ばず。
これは、諸国の王にとって、安堵の理由にはなりませぬか?」
モイーズ伯が言葉を切ると、部屋は静寂に包まれた。
副王、閣僚たちも、息を呑んだまま一言も発しない。
いつしか、隣の玉座の間の騒ぎも静まり返っていた。
コリタスの王が再び口を開くまで、ゆうに30回分の呼吸の間が流れた。
口を眠気覚ましの
閣僚たちは誰も口を利かない。副王すら視線を伏せ、コーヴァの器を見つめたままだ。
新たなコーヴァを飲み干し、器をテーブルに戻すとコリタスの王は口を開いた。
「モイーズ伯、名代のそなたにあえて言おう。
ゼルンバス王への仲介を頼みたい」
「仲介とは、どのような?」
「我が息子を、ゼルンバスの王宮に送ろう。
それをもって、コリタスに二心なき証しとしたい」
王の周りにいる閣僚たちが、息を呑んだ。
「お待ちを」
と、副王が口を開くのに、コリタスの王は片手を上げて制した。
「王子はまだ4歳では?
コリタスの流儀もまだ覚えてはおりますまいに、なぜそのような?」
モイーズ伯も、そう制止する。
無意識に自らの立場を、王の名代からゼルンバスの一貴族に戻してしまっていた。コリタスの王の提案は、それだけの衝撃だったのだ。
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あとがき
戦国の世のならい、ですねぇ……。
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