第34話 追い込み


 コリタスの王は問いを続ける。

「天からの敵からのみなごろしの憂き目に合うという点に限れば、コリタスにとってこれは巻き込まれた戦とも言える。そこから逃れるため、天からの敵に対し、コリタスに和議の道はありやなしや?

 また、コリタスが和議の道を選んだ場合、アニバールと同じくコリタスの王族をも、ゼルンバス王は鏖殺するのか?」

「そうでございますな。

 忌憚なく申し上げれば、王はコリタスの第二の都市バーニアが救われた瞬間に、敵の残忍さというものを喉元を過ぎた熱きあつもののように忘れられたようですな。

 ゼルンバス王の名代としては、バーニアの民のすべてが死した後でも同じことが言えたのかを問い糾したく……」

 モイーズ伯がそううそぶくのを、コリタスの王は片手を上げて制した。


「まぁ、待て。モイーズ伯。

 そうではない。

 まず、ここでは、余に強き言葉を投げるような駆け引きは無用じゃ。誰かに聞かせるためだけの言葉もいらぬ。本音で話そうぞ。

 余はな、どのような屈辱であっても、1人残らず殺されるよりはマシだと言っておるのだ。

 敵が強大なのは、余にもわかっている。

 モイーズ伯、卿は領民を10万失った。だが、その領地の中心の街を失ったとは言え、まだ農村山岳には15万から20万にも及ぶ領民がいよう。その領民を、強大なる敵から救う義務を卿は負っている。

 1人でも多く、民を生き延びさせるのも王の、領主の務めぞ。

 復讐の心を満足させるために、次の10万を失ってはなるまい」

「王の言葉、至言なり。

 ゼルンバスの王も、まったく異議はありませぬ。

 ただ、違いは『何時の?』でござろうか」

 そう言うモイーズ伯も、本音のぶつかりあいとなっても一歩も引かなかった。


 コリタスの王も、モイーズ伯の返答は予想していたものだったのだろう。即に確認を重ねてきた。

「……降伏すれば、『今は良くとも先々』と申すか?」

「御意」

「今、領民がすべて殺されてしまえば、その論の『先々』などないではないか」

「この『先々』で、領民がすべて殺されてしまうなら、今抵抗できる時に抵抗せずしてなんとするや、とお返しいたしましょう。

 また、降伏した後の世となっては、この星の民が再び独立を目指して戦えるほどの力を蓄えられることは二度とありますまい。

 我々は、良くて奴隷に過ぎぬ存在に墜ちるのですからな」

「そうであったとしても、今死すよりは……」

 平行線である。

 この論が交わることはない。そもそも、戦いを止めた瞬間から、この星の民の未来は自決を失い、天からの敵に握られることになる。その敵の出方がわからない以上、正しい解を示せる者などいないのだ。


「奴隷となった後でも、敵との交渉により、よりマシな道を模索することはできるのではないか?」

 その問いに、モイーズ伯は鼻先で笑った。

 いっそ小憎らしいまでの態度である。


「いきなり10万の民を焼き尽くした敵に対して、王は信義に基づく交渉を求めなさるのか?

 それが可能だとでもお思いか?」

 この言葉の瞬間、モイーズ伯から茫洋とした雰囲気が消え失せた。ぎらぎらと光る眼は、この星では消え失せた伝説の猛獣を思わせた。その迫力に、思わずコリタスの王は息を呑み、反論の言葉を失った。

 ゼルンバスの王がモイーズ伯を各国に遣わす使者としたのは、やはり英断だったのだろう。10万の民の仇を討とうというモイーズ伯の気迫に、なまじな覚悟では反論できるはずがない。ましてや、自ら降伏の道を選ぼうとする者には。


「となると、多大な犠牲を出しながらでも、勝つ以外の道はないのだろうか……」

「順当に考えれば、そういうことになりましょうな」

「だが、あえて聞く。

 順当でなくば、どうなのじゃ?」

「小細工のやりようはいくらでもありますゆえ。

 ですが、大筋は変えようもありませぬ。人が、自らの運命を自ら決める力を失えば……、そのような事例、いくらでも歴史上ありまするな。それらの者たちは、今どうなっているか、と」

「……そうだな」

 ここで、間が空いた。

 コリタスの王もモイーズ伯も、同じ星に住み、同じ歴史を共有している。民衆向けではない、真の歴史を知っている2人なのだ。


 あいかわらず隣の玉座の間からは、天の大岩の落下を防げたことに対する言祝ことほぎのざわめきが聞こえてくる。

 ここで話されていることとの落差に、コリタスの王は現実感が失われそうな浮遊感を覚えた。


 この浮遊感は、もう1つの理由がある。

 モイーズ伯の硬軟取り混ぜた返答に、結果としてコリタスの王は翻弄されっぱなしだったからである。だが、それでも一国の王、決して交渉の口を閉じることはなかった。


 コリタスの王は、考え考え口を開く。

「この際だ。

 モイーズ伯にもう1つ聞いておこう。

 反意を示す各王を排除し、この星の全兵力と全魔素をゼルンバスの王がその手にし、その功利をもって天からの敵と戦うことはできるであろう。

 コリタスを始め、ゼルンバス以外の国々は、そのための踏み台になるということか?」

「はっはっはっ、これは可笑しい」

 それに対する答えは、モイーズ伯の爆笑と言っていい笑いだった。


「モイーズ伯。

 なにが可笑しい?」

 さすがに、コリタスの王は気色ばむ。だが、モイーズ伯は笑いを収めぬままに応えた。


「それこそ、簡単なことにて、王がなにを心配されているのか、私にはわかり申さず。

 ゼルンバスの王の真意が不安なのであれば、それこそ交渉されてみてはいかがか?

 先ほどまで、正体も知れず、それどころか人ですらないかもしれぬ相手に、交渉を試みようとしていたではありませぬか。

 その心意気があれば、ゼルンバスの王など恐れるに足らず。

 我が言葉、どこか間違っておりましょうや?」

 モイーズ伯の言葉に、コリタスの王はぐっと詰まった。



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あとがき

モイーズ伯、強しww

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