第28話 再びアーヴァー級宇宙戦艦、第2連携戦術戦闘艦橋
再びアーヴァー級宇宙戦艦、第2連携戦術
暗い部屋には、かすかに電子機器の唸りが響いている。
計器の示すデータ表示のほのかな明かりだけが、オペレーター士官たちの顔を照らしていた。
3弾目の軌道監視モニターを見つめていた女性士官が、不意に頭を上げ慌ただしく報告の声を上げた。
「コード T1P3への小惑星弾、コリジョンコースを外れました。
T1の月軌道を越えた辺りです。
角度にしておよそ5度、T1には着弾せず、そのまま本恒星系太陽に落下します」
慌ただしくキー操作やタッチパネル操作が始められる。
T1に着弾しないということは、惑星の地表にすら落ちないということだ。かなりの干渉を受けたということになる。
「通信アンテナは、こちらを向いているか?
小惑星弾取り付けスラスター、噴射体充填、残り何%か?」
と、これは副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートの確認である。
まずは、原因究明より不測の事態への対処を先行させたのだ。
「先程から始まった小惑星弾の自転は、スラスター噴射で止めました。通信アンテナ正常。こちらを向いています。全システム、制御下にあります」
「噴射体充填81%、4回の最大噴射が可能です」
「軌道計算終わりました。30分以内に2回、40分で不可逆点に達しますが、それまでなら3回の最大噴射を行うことで軌道修正は可能です」
最後の報告は、命令されていなくても、オペレーター士官の1人が独自に解析したのだ。
総作戦司令ダコールとバンレートの薫陶の賜である。
「結構。
コース逸脱理由はわかるか?」
バンレートは、ここで初めて原因究明に取り掛かった。
原因究明と戦術の立て直しの前に、猶予時間の算出がなにより必要だったのだ。そして、30分から40分あれば、相当の検討ができる。原因究明にも、その対策にも、だ。
「月軌道上のデブリに衝突した模様。小惑星弾搭載カメラからの映像、確認しました。岩石と衝突しています」
「念のために小惑星弾の飛行ログを走査しましたが、衝突の前後で周囲に金属反応の接近を認めず」
「自軍以外の推進剤、スラスター噴射体の痕跡、
「小惑星弾搭載レーダーでの事前探知、
センサーの死角を突くイレギュラーな軌道で小惑星回廊に侵入し、衝突したものと思われます」
予定外の事態にさらされても、各オペレーター士官は実に良い仕事をしていた。バンレートは口には出さなくても、そのことに深い満足を覚えている。
「では、デブリ衝突による事故と判断する。
スラスターの噴射に向け軌道の再計算をし、先程の計算結果との突合を行え」
「了解」
「その命令、待て」
と、これは総作戦司令ダコールが、今回初めて発した声である。
「3弾目はこのまま外す。軌道修正は不要」
バンレートの命令は適切だった。ダコールが止めた理由がわからないのだ。
「4弾目の軌道に異常はないか?」
ダコールはさらに声を上げる。
その声が大声でなかったことから、
「4弾目、5弾目とも異常なし。コリジョンコースのまま。スラスター噴射回数も規程内」
「結構。
では、外れた3弾目の軌道をメインスクリーンに出せ」
ダコールの指示は続く。
大スクリーンが明るくなり、作戦対象惑星の軌道とその衛星の軌道が表示された。
さらにそこへ3弾目の本来の予定軌道と、現在のコリジョンコースから外れた軌道が描かれる。
それを見て、バンレートはダコールの意図を悟っていた。
副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートは、メインスクリーンに映し出された画像を一目見て、その異常さに気がついた。現在の、つまり3弾目の小惑星弾がコリジョンコースから外れて取った軌道が、デブリとたまたまぶつかったにしては出来すぎているのだ。
「どうだ?
デブリとの衝突にも関わらず、惑星周辺に衝突破片は増加していない。公転軌道の後ろに回し、結果として地表への落下物も増やさず、すべてが恒星に落下して後腐れがない。その落下に際しての惑星軌道横断時も、惑星とのロッシュの限界以上の安全距離を保っている。小惑星の大きさからして、その心配は軽微なものなのだとしてもだ。
我々とてこのような場合には、同じような軌道を描くように対処するのではないか?」
そう語る総作戦司令ダコールの声に、バンレートも反論のしようがない。
「天動説と地動説で争っているような文明レベルの見せかけていて、恐ろしいまでの欺瞞だ。これでいて、外惑星に文明の痕跡1つないのだから恐れ入る。
引き続き、注意が必要だな」
「申し訳ありません。
確認が足らず、また洞察力が不足しておりました。
偶然の可能性もあるにせよ、人為的な干渉の可能性は高く、作戦に考慮するべきでした」
「今は、そんな事を話している時ではない」
そうバンレートに言うダコールの声に、叱責の含みはない。
3弾目に掛けたコストを切り捨てる判断は、トップでなければしにくいものだ。軍組織の性格として、損切りの発言は消極的態度と見做されやすいからだ。
だから、バンレートの口からは、わかっていても言いにくいし、そのための考察もしにくいものだ。自分も通ってきた道だけに、ダコールもそれをよく理解している。
総作戦司令のような立場に立って、初めて消極的なことも言えるようになるのだ。それですら、本来なら士気に関わるからと遠慮せねばならぬのを、ダコールはバンレートに作戦を語るという口実で、話してしまえる雰囲気を作っている。
勝ち戦の多い軍は、負ける軍とは別種の物を言えぬ毒が回る。それをダコールは警戒していた。
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あとがき
一本の軌道からも、意図を感じることはできるのです……。
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