第29話 拭えぬ違和感
ダコールの命令は、説明と化して続いた。
「4弾目、5弾目の軌道はそのまま。
今の3弾目のデブリとの衝突が事故であれば、4弾目は命中する。
逆に、敵による妨害手段によるものだとすれば、4弾目についても敵は同じ手を打ってくる。
そのときこそ軌道修正を行い、目的に命中させて敵首魁を排除する」
戦闘艦橋は、かすかに聞こえる電子音以外は静まり返っている。
そこに、ダコールの抑えた声は響き渡った。
「いいか?
そのために、3弾目に搭載されている全センサーをアクティブにし、惑星至近通過後に至るまで全方位のデータをリアルタイムで収集せよ。
通常の10分毎の取りまとめデータでなく、サンプリングした生のデータをすべて送信させるのだ。そして、それをこの艦のAIに分析させろ。
なんとしても、敵の欺瞞を見破るきっかけを探し出すのだ」
「了解」
オペレータ士官の手が、タッチパネルを撫でだした。
設定を切り替えているのだ。
「その後、我々艦隊は5弾目を追い、侵攻を開始する。4弾目が着弾した場合、敵側はなんらかの最終手段で5弾目に対抗してくることが予想される。5弾目は、敵のその手段を確認するためのデコイにもなる」
これで士官たちは、ダコールの意図を完全に理解した。
星間艦隊は、当然のことながらすべてステルス化されている。敵のレーダーに捉えられないということは、敵の攻撃を惹起せしめることもできないということだ。
そこで、レーダーに映る5弾目の小惑星弾を押し立ててデコイにすれば、敵の攻撃を空振りさせる手段となる。その空振りを見てから、こちらの手の内を晒すかどうかを決めれば良いということだ。
「各艦、エネルギー補給は終了しているか?
また、主砲弾につき、対惑星地表用弱装弾に積替え作業は終了しているか?」
「
「各惑星の軌道を乱さぬため、恒星系内のワープは避ける。また、戦闘時のエネルギー消費を多く見込み、亜光速航行も行わない。
そのために、5弾目の着弾から遡って30時間前を艦隊出撃時間とする。
この決定は最終的なものだ。艦隊各艦長あて伝達。
各位、準備を怠るな」
「了解」
オペレーター士官たちはそう返事をし、艦隊各艦長あてに情報を伝えるべくキーボードを慌ただしく叩きだした。
4弾目が命中するまで対象惑星の自転周期にして3回転分、すなわち3日間。5弾目が6回転分、すなわち6日間の時間を要する。
ダコールは、一艦一兵も失うことなくこの戦争に勝利しようとしている。撃ち合いなぞ、一瞬で終わる。しかし、そのための準備と駆け引きの期間は限りなく必要だった。
だが、5弾目の駆け引きのあとは、敵の手をすべて見切った上での攻撃ができる。妨害をすべてキャンセルした上で、敵母星に対惑星地表用弱装弾を撃ち込む。
弱装弾とはいえ、1発で大都市1つを蒸発させることが可能だ。対艦装備である対宇宙艦船反物質粒子カートリッジを使用した日には、惑星自体が吹っ飛んでしまう。
そういう意味で、これは十分に弱装なのである。
各版図の首都および準首都に相当する主要都市を焼き払い、抵抗する組織的な力を悉く奪った後に、揚陸作戦を敢行する。これならこの星の生態系への影響も少ない。
ダコールの作戦はどこまでも付け入る隙なく無駄がなく、辛辣だった。
− − − − − − − − − − − − −
ちょうどその頃……。
西の最果ての国コリタスの王宮、玉座の間では、歓声が沸き起こっていた。
つい先程、ゼルンバス王国の天眼通の術を能くする魔術師クロヴィスと、コリタスの天眼通の魔術師のディルクが揃って天の一画を睨み、刻一刻と近づいてくる天よりの大岩に対し、地の大岩を派遣魔法で送り込んだのだ。
クロヴィスの天眼通の術と派遣の術は精緻を極め、大岩同士はぶつかり合い、太陽に向かって落ちて行くことになった。
なにしろ直接見ながらの仕事なのだから、その精度は高いのも当然である。
これで天からの大岩は、コリタスの第二の都市バーニアに落ちないことが確定した。
すでにこの惑星は、ニウアとネイベンという大都市を2つ失っている。
あまつさえ、ニウアでは10万という人命が失われた。
そんな中で、初めて完全な防衛ができたのだから、歓声が起きるのも当然だった。
岩同士がぶつかって粉々にならぬよう、少なからぬ破片が地に落ちて来ぬよう、クロヴィスは細心の注意を払っていた。だが、同じものを見ているはずなのに、コリタスの魔術師ディルクは、その慎重さというものが理解できぬらしい。
「このようなもの、当てられればよろかう」と、ごく無造作に岩を派遣しようとして、クロヴィスは必死で止めたのだ。
そして今、ディルクが歓声を上げている横で、クロヴィスの目は変わらずにひたと天の大岩を見つめ続けていた。これは、「念入りに見ておけ」というゼルンバスの王命に従ったのである。
「……可怪しい」
「どうかされましたか?」
と、ディルクが聞いてくるのに、クロヴィスは曖昧に頷いた。
今見たものをどう伝えるか、悩んだのである。そもそもだが、「もしかしたら、伝えぬ方が良いことかもしれぬ」とも思っている。
そもそも伝えても、わかって貰えぬかもしれない。
天で岩と岩がぶつかり、天の大岩は進むべき道を変えた。
それらの破片もろとも、今もこの星にぶつかる線から離れつつ飛んではいる。それはよい。それはよいのだが……。
クロヴィスは、国が異なっても魔術という技術体系は変わらないと思っていた。だが、他国に来てみれば意外とそうでもない。
師のアベルによる厳しい修行は得難いものであったと、否が応にも自覚させられている。当然のこととして、前々から師への感謝の念はあったのだが、他国の魔術師を見て、初めてそれが相対化されたのである。
魔術は国の礎である。
料理に斧を持ち出すような、不適切な扱いで良いわけがない。
ゼルンバスが大国になったのは必然だったと、今にしてクロヴィスは理解している。
そして今、クロヴィスは、己の見ているものに違和感が拭えないでいる。
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あとがき
どうにも可怪しい。
納得できぬ。それは……
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