第9話 小惑星衝突という攻撃手段の選択


 偵察データにここまで矛盾が多いと、この星の原始的な生産レベルは見せかけで、他星からの侵略を想定した擬態の可能性すら捨てきれなくなる。都市を動かすエネルギー源の炉は、地下深くに設置されているとしか考えられなくなるからだ。

 ならば、その化けの皮を剥がしてからでなければ、艦隊の出動はさせられぬ。惑星の地下に、どんな兵器を隠しているか知れたものではない。まさか、炉だけを隠したなどとは考えられないからだ。


 最終的には、星間国家まで作っている文明の産物である、ダコールの方面軍が勝利することは間違いないだろう。だが、ダコールとしては、1艦とて失いたくない。

 なんせ、作戦対象はこの惑星だけではない。

 じわじわと艦数を減らしてしまったら、先々苦労するのは目に見えている。当然、補給はできなくはないが、それは明らかにデータに出る。他の方面の総作戦司令との比較が、そこでされてしまうのは避けたい。


 その判断が、小惑星の落下衝突による攻撃という選択に繋がった。これなら、一艦一兵たりとも失わずに済む。

 まずはトータルで100万人ほど殺せば、相手の化けの皮が剥がれるだろう。

 高度な科学力を持っていて反撃してくるのであれば、艦隊決戦で勝負してもいい。すでに艦隊を展開済みである分、こちらの方が出鼻が叩けて大きく有利なのだ。

 高度な文明を持っていないのであれば、小惑星の落下によって大都市を壊滅させ、次いで相手の星のリーダーとなりうる人材も排除すればよい。その上で生き残ったリーダーと交渉すれば事は済む。


 どちらにせよ、最終的には全住民を奴隷化し、他の開拓惑星に送り込む。

 この作戦は、一見非情に見えるかもしれない。だが、住人の大多数には生き延びる可能性が生じる。それが、どのような生であろうとも、だ。


 ただし、これも一言では言い表せない複雑な要素を含む。

 一例を挙げれば、窒素肥料合成の段階に達していない、工業は工場制手工業マニュファクチュアの段階にある惑星の住人であれば、奴隷化された方が生活レベルは上がる。受けられる医療のレベルも桁違いに良くなる。

 相手が奴隷だからといって、鞭で打ち据えて言うことを聞かせるような非効率的な方法を採るわけがない。集団として洗脳し、自発的に働くようにする。自治という名目を与えて、内輪揉めは自分たちで対処させる。

 その結果、反乱どころか、方面総作戦司令が神扱いされ、銅像まで作られた例がある。

 こうなった時に生み出される富は、膨大なものになる。


 問題は、核エネルギーを使うまでになった文明だ。

 そこまで行った文明の住人は、奴隷化を良しとしない。隙あらば反乱を目論む。自治を与えても、面従腹背の二重統治を始める。あまりにも面倒なのだ。

 他の宙域の総作戦司令で、核エネルギー以上の文明については、一律に中性子爆弾で一気に生命を掃討するのを常套手段としている者もいるほどだ。その方が後腐れがないのも事実なのだが、ダコールはそこまで非情になれない。

 要はダコールは甘く、その甘さを自覚していて、修正の必要を認めていない。


 ただ、ダコールにも言い分はある。

 そもそも作戦基本方針に、住人の掃討は記されていない。

 この星はそのままでも住めるほど自然環境が整っており、本星からの移民を大量に受け入れ可能だ。ならば、この星の生態系それ自体は極力残しておいた方が、大気の維持の点から見て問題が少ない。本星から持ち込んだ生態系が、期待通り機能しない例も決して少なくはないのだ。だから、高威力すぎる兵器の使用は控えた方が良いではないか、と。


 奴隷もリスクが高い存在とはいえ、経済的価値がないわけではない。

 高度な文明の場合、他に代えがたい芸術的素養を持った奴隷もいる。一律に殺して終わりでは勿体ないではないか。遺伝資源としての価値もあるし、心でなにを思おうと生きている以上消費者でもある。

 まして、惑星検疫が高度に完成した今、風土病となるような要因は完全に封じ込めることが可能なのだから。


 そして、作戦基本方針に、住人の掃討が記されていないのには大きな理由がある。

 本星の政治体制のトップ、総統は人口増を政策の根幹に掲げているのだ。


 人口は増やし続けるしかない。

 これが総統の意志である。

 かつて歴史上にあったことだが、一旦減少に転じた人口は、再び増大に転じるのには30年以上掛かる。対応が遅れ、二度とその威を取り戻せなかった民族も多い。そして、人口減少期には経済、科学技術の発展も停滞する。社会自体が、まどろみの淵に沈んでしまうのだ。それはなんとしても避けねばならない。


 総統は、常に人々にフロンティアを与え、景気を浮揚させ、心を過去に安眠させない。征服した民族への差別という行為さえも一定の範囲で許し、満ち足りた感覚を与えない。

 これが、人口維持への一番の近道とされているのだ。


 総統は、本星の人口増大政策の功労者である。したがって、自らの政策はなんとしても押し通すだろう。

 ダコールはそれをも理解している。

 だから、一つの星を征服するのに100億殺す者もいる中で、100万人しか殺さないのは微々たる範囲に済ませたということで、戦果と言いうる。

 命を数だけで判断するのは、ダコールとて素直にうなずけるものではない。とはいえ、他に判断する基準がないのも事実なのだ。


 これらの判断にというものが生じるのであれば、総司令たる自分が死ぬまで背負えばよい。

 部下が戦死することがあれば、そのもだ。

 この発想自体が、すでにダコール自身の甘さを表している。


 そこまで考え、自覚し、ダコールは薄く笑った。

 茶を一気に飲み干すと、机の上に置かれた決済書類を手に取る。

 考える時間は終わりだ。

 それこそ、仕事は山のようにあるのだ。



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あとがき

魔法なんて知りませんから、謎は深まるばかりになるのです。

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