第10話 友好国への宣戦布告
モイーズ伯、天眼クロヴィス、他心通レティシアは、ゼルンバス王国の北の隣国、セビエ王国の王都にたどり着いていた。
王都であるから当然ゼルンバス王国の大使館があって、その一室で3人は丸テーブルを囲んでいる。
大使館内でもこの部屋は、壁に魔素を地に逃がしてしまう結界布が張られていて、他国の天眼の魔術師も他心通の魔術師も覗き込むことはできない。部屋の扉の外では、モイーズ伯個人付きの護衛、ルノーが歩哨警戒している。
レティシアは顔の紋様を落としていた。文様を施した顔を他国の者に見られたら、他心通の魔術を持っていることがばれてしまいかねないからだ。如何様に結界を張っていようとも、窓から肉眼で覗き込まれたらそれまでだ。
モイーズ伯は、レティシアが自らの心を覗かないという言葉を信じている。というより、信じるしかない。クロヴィスの天眼の術に対しても同じである。覗く力がある者が自制を保っていると、そして自分がその観察の対象ではないと、そう信じるしかないのだ。
その一方で、クロヴィスはレティシアを信じていた。
「見たくないものを見て良いことなどなかった」という経験から、レティシアも自分と同じような経験をしていると推測したのだ。
そして、クロヴィスがレティシアを信じる、大きな理由がもう1つあった。
それは、クロヴィスの若さである。
顔から紋様を落としたレティシアには、母親ゆずりの美貌が隠されていた。1日の大半を師匠とともに過ごし、堅物として魔法省内でも知られ、結果、女性に免疫のまったくないクロヴィスは、一見して心臓がでんぐり返るような衝撃を受け……。
視線を落としながらも自らの術が無意識に発動し、レティシアを見つめ続けてしまうのをひたすら堪えていた。そのような状態の自分の心を読まれてしまうなど、あってはならないことであったし、自らがそのような状態なのにレティシアを疑うことなどできるはずがない。
また、無意識に発動したとしても、術を使えば体内の魔素は消費されてしまう。王命を果たさねばならぬ時に魔素が尽きていたなどという不面目、末代までの恥、いいや、自分が処刑されて末代になることすらありうることだ。
このような自身の葛藤を、少なくともモイーズ伯は知ることはできない。そこだけが、クロヴィスにとっては救いだった。
閑話休題、一行の到着は深夜だった。
スクランブル用の
これで、朝一のセビエ王との謁見は確実なものとなった。大使館へはあらかじめ王からの手紙が魔術によって派遣されており、緊急のアポは取られていたのだ。
セビエの王室も、ゼルンバス王国のニウアの壊滅はすでに掴んでいる。自国にも危機が迫る今、当事国の使者から情報が得られるのなら大歓迎だったのだろう。
王同士が何度も会っている友好国なら、なおさらのことだ。
だが、猛スピードで飛び続けた
飼い主担当兼操竜者の兵は、自らも疲れているであろうに、篝火の下で甲斐甲斐しく
モイーズ伯、クロヴィス、レティシアも疲れ切ってはいたが、クロヴィスの治癒魔法の術で生気を得ている。ただ、モイーズ伯は短期間のうちに2度も術を掛けられているので、あとで副作用が出るかもしれない。
そして、3人が囲む丸テーブルには羊皮紙の手紙が置かれており、そこには王からの新たな指示が
それを回し読みした3人は、一様に言葉を失った。
3人に対する命令自体は変わっていなかった。
セビエ王国の第二の都市ネイベンは、天から降る大岩によって破壊される。
セビエの王の配下の魔術師も天から降る大岩を感知しているだろうし、その対策も進んでいるはずだ。だが、それを3人で説得して放棄させ、甘んじてネイベンの破壊を受容させねばならない。
天からの大岩を落としてくる「敵」を、欺くためである。一国一国の事情ではなく、この星全体で作戦を遂行して「敵」を撃退せねばならないのだ。
ただ、その代償としてネイベンは、人の避難は良しとしても、家も畑も工場も商店も、そして積み上げてきた歴史もすべて失われることになる。それをセビエの王に納得させるための取引材料が、魔素を貯めたキャップ100個である。
100個分の魔素があれば、魔法はほぼ使い放題となる。避難民が野宿となっても天候改変魔法で誰も凍えることはないだろうし、病人の治療もできる。あまつさえ、芋などの畑作物の促成すら可能となるから、食料の供給も目処がつく。
セビエの王の、民を守るという聖なる務めはそれで果たされはするだろう。
だが……。
その命令書には、セビエの王との取引条件に新たな項目が記されていた。
ネイベンの破壊をセビエの王が容認しなければ、ゼルンバス王国はセビエに対し宣戦布告するというのである。
これは国家間の信義に悖る、あまりに乱暴な言い草だ。
平地に乱を起こすようなもので、要らぬ混乱を招きかねない。セビエ王も、セビエの民を守らねばならない以上、攻めて来られるとなれば守りを固めるのが当然なのだ。
なぜ王はこのような命令書を送ってきたのか……。黙り込んでしまった3人だったが、最初に王の意志を看破したのはモイーズ伯だった。
このあたり、統治者としての経験がモノを言っているのだろう。
「おそらく……」
「おそらく?」
そう聞き返したのは、クロヴィスである。
レティシアに向きがちな自分の意識を制するため、積極的に口を開いたのだ。クロヴィス本人としては、情けない限りではある。美しい女の前では、こうも自分が頼りなくなるとは思ってもいなかったのだ。
--------------------------------------------
あとがき
なんのための脅しなのか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます