第11話 宣戦布告の意味


 モイーズ伯は口を開く。

「……そうだな、逆に君たちに聞こう。

 今まで、ゼルンバスとセビエは上手くやってきた。

 王同士が会って直接話したことも1度や2度ではない。なのに、いきなり条件次第でとはいえ、宣戦布告されたらセビエの王としたらどう考え、どう動くと思う?

 自分が、セビエの王の立場になったとして考えてみて欲しい」

「先ずは、使者の我々がメッセージを改竄したと疑うでしょうね」

 と、これはレティシア。

 レティシアの声は低く、媚びた風は皆無だ。怒らせたら怖いタイプなのではと、クロヴィスの心は再び揺れてしまう。怒らせたら怖いタイプは、裏を返せば筋が通った聡明な人なのではないかと、良い方に考えてしまうのだ。


「そうだ。

 心に生じた疑いは、晴らさずにはいられないもの。

 かといって、他国の使者たる我々を尋問することもできぬ」

「ゼルンバスの王に、なにか表にできぬ事情があるのかも?

 そう疑うのもあるでしょうね」

 と、これはクロヴィス。


「当然、それも考えるだろう。

 となると、セビエの王はどうすると思うかね?」

 モイーズ伯の口調は、まるで教師のようだった。

 もしかしたら、気さくの人柄といい、教えたがりなのかもしれないとクロヴィスは思う。だからこそ、家来たちもよく従い、領地が栄えたのかもしれない。

 伯爵という高い地位の人間から、直接教えを請える機会などそうはない。しっかり話を聞いて学び、師匠アベルを越える糧としたいとクロヴィスは思う。


「セビエの王は、表向きは守られているはずの各王室の信義、『天眼の術で他国の王室の執政の場を覗かない』という禁を犯すでしょうね」

 と、これはレティシア。

「我が王が、そこまで計算していないはずがない。

 となると、そこで見るのは……」

 モイーズ伯が思考を誘導する。


「セビエの国力ではどうやっても対抗できないだけの、出撃間際の大軍備でしょうか?」

「クロヴィス、レティシア。

 君たちは、案外統治者としての才能もあるかもしれないな」

 モイーズ伯はそう言って軽く笑った。


「止めてください。

 私は一魔術師に過ぎません。

 はかりごとをそれらしく見せるためには、行動も伴っているはずだと思っただけです。まして、我がゼルンバスの王のやることです。そのあたり、徹底しているはずかと」

 狼狽するクロヴィスと、微笑んで聞き流してみせるレティシアに、モイーズ伯は再び笑う。

「可笑しいな。

 うん、私もまったく同じ考えなんだ」

 と。


 これが若い2人の魔術師をリラックスさせるためなの気遣いなのか、そもそも伯の擬態なのか、果ては本心なのかはクロヴィスにはわからない。

 ただ一つわかるのは、モイーズ伯が決して気さくなだけの人物ではないことだ。それでも、王命を果たすという同じ目的がある間は、このままで良いではないかと思う。


「空が白んできた。

 夜明けだな。そろそろ結論を出さねばならないだろう。

 ただな、敵対する大軍備と魔素を貯めたキャップ100個を天秤にかけたセビエの王が、どう判断するかは私にもわかるような気がするね」

「そういうわかりやすい状況にセビエの王を置いたのも、我が王の策なのでしょうか?」

 と、これはレティシア。


「それは背筋が寒くなる問いだね。

 我が王が、『我が』王で良かったと思うよ。違う国の王に仕えていたら、さぞや恐ろしかっただろう。

 この先も私は、謀反など起こさないだろうな」

 モイーズ伯はそう言って、器用に肩をすくめてみせた。


「それより今は、セビエの王の動きです。

 いっそ、魔素を貯めたキャップ100個を奪おうとするかもしれません。

 戦争になっても、攻撃や防御の魔法が使い放題です。

 それを防ぐために、大使館の人員を見張りに割いてもらった方が良いのではないでしょうか?」

 と、クロヴィス。

 自分で言っている間に、不安が増したようだ。視線をあちこちに飛ばそうとして、自分が結界の中にいることに気がつく。


「慌てるな、クロヴィス。

 それは用心せねばならないことだが……。

 魔素の取り出しの金線をショートさせれば、莫大な熱が出て魔素は一瞬で消え失せてしまう。100個あっても、それに掛かる時間は数呼吸分の時間しかかからない。

 よほど成功に確信が持てる強奪作戦でもないと、空のキャップと引き換えに先行した宣戦布告をしただけになってしまう。

 セビエの王は、そのようなリスクの高い賭けをするほど愚かではないよ」

 モイーズ伯の言葉に、クロヴィスは頷く。


「そうなると、セビエの王が取引材料として申し出てくるのは……」

「そうだ、レティシア。

 おそらくセビエ王が求めるのは、自分と一族の身の安全だろうな。

 ゼルンバスの王の言うことに従ったら、セビエの国内での突き上げが厳しいものになるのは目に見えている。かと言って従わなければ、大軍が押し寄せてくる。

 そうなるともう、セビエの王は、我がゼルンバスの王の懐に飛び込むしか手がないんだよ。

 そして、セビエの王がそう動くまで、我が王は手を緩める気はないんだ」

「では、なぜ我が王は、そこまでセビエを追い込むのでしょう……」

 と聞きながら、クロヴィスは自らその答えに思い至っていた。


「言うまでもない。

 天にいる『敵』が恐ろしいからだ。

 セビエの王にも、我々がよくよく伝えねばならない。この星の国々が力を合わしても、勝てるかどうかわからぬ相手だからね。

 それに、まだ我々には知らされていない、なにかの事情があるかもしれない。と言うより、我が王が我々にすべての情報を与えているはずがない。

 そもそも我々は、セビエ方面の交渉担当に過ぎぬからな。そして我が王は、ゼルンバスの周辺国すべてに手を打っているだろうことも予想がつく」

「モイーズ辺境伯、あなたの分析には感服しました。

 あなたも王の器なのではないですか?」

 クロヴィスの言葉に、今度はモイーズ伯が照れたようだ。


「私はそんなガラじゃないよ。そもそも、私には非情さが足らない。

 ただね……。

 国に2人しかいない天眼の魔術師を王と分け合っていると考えたら、領地を失って貧しい中でもなんらかの献上でもしないと、あとが怖いかもしれないねぇ。

 私だって、疑われたくはないんだよ」

「それは考えすぎです」

「いいえ、考えすぎではありません」

 レティシアの言葉に、部屋の空気は凍りついた。


「さあ、そろそろセビエの王宮に向かおう。

 正念場だ」

 しばらくの沈黙の後、モイーズ伯は、ようやくそう絞り出した。



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あとがき

絶対王政の闇、それを今のレティシアは気が付きつつあるのです。

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