第21話 他心通の魔術


 辺境伯モイーズ、天眼通クロヴィス、他心通レティシアは、ゼルンバス王国の北の隣国セビエを発ち、王命で西の最果ての国コリタスに向かう途中の宿の一室にいる。

 翼竜ワイバーンで昼夜を問わず飛べば1日だが、さすがにセビエでの疲れもあり身体が保たない。翼竜ワイバーンも、ゼルンバスを出てから自分の竜屋に帰れていないため、疲れが見てとれる。「人と違って文句を言わないため、逆に無理はさせられないのだ」と、操竜している飼育担当兵は説明した。


 そこで、上空から見えた大きな町に降りて、宿屋に泊まったのだ。

 このような町の大きな宿であれば、旅行者のための馬竜ギータ翼竜ワイバーンのための竜舎を備えているものだ。


 ゼルンバス王の使者としてコリタスの王に会う以上、疲れ切った顔は見せられぬし身綺麗にしておく必要もある。そういう意味では、ここでの一泊は必須とも言えた。


 銀貨をはずんで風呂に入り、そこそこ美味い飯も食べた。

 操竜兵たちも交代で身ざっぱりしたのち、竜舎に戻った。彼らは、宿のベットには寝ない。翼竜ワイバーンの翼の中で眠り、翼竜ワイバーンを盗もうとする賊に備える。飼いならされた翼竜ワイバーン1頭の価格は、王都のメインストリートの商店一軒分の値段にも匹敵するのだ。


 3人が囲むテーブルの上には、蜂蜜酒と眠気覚ましの飲料コーヴァが置かれている。蜂蜜酒はモイーズ伯が寝酒として宿に頼み、クロヴィスとレティシアは魔術を使う感覚が鈍るのを恐れて、アルコールは辞退したのだ。


 3人が密談している部屋の扉の外では、モイーズ伯個人付きの護衛、ルノーが歩哨警戒している。彼もすでに廊下で剣を抱いて眠ること今日で3日目にして、疲労の色が濃い。体力的なことだけを言うなら、ルノーが一番苦労していることは間違いないところだ。

 明日の朝あたり、クロヴィスが治癒魔法ヒーリングを掛けたほうが良いかもしれない。


 クロヴィスは3人で話すにあたり、念を入れて出発地のセビエを観察したが、こちらを見ている魔術師はいなかった。

 となれば、魔素の防壁はないものの、ここに泊まることは誰も知らぬことゆえ、他国の天眼や天耳を能くする魔術師に覗かれたり聞かれたりする可能性はそう高くはない。不用意に魔法を使い、魔素の流れを乱せば見つかるだろうが、ルノーに掛ける治癒魔法ヒーリング程度であれば、どこの村でも日常的に行われている術なので目立つことはない。


 アニバールの王族の鏖殺は、こんなところにも効いているのだろう。ゼルンバスの王に疑われたくないという恐れは、偵察行動ですら自粛させる。ましてや、アニバールの王は『天眼の術で他国の王室の執政の場を覗かない』という禁を犯し、それを逆手に取られて殺されたのだ。

 この惑星の王たちが、「触らぬ神に祟りなし」という考えになってもおかしくはなかった。


「我が王のやり方には、言いたいことがないと言えば嘘になる。

 だが、見事としか言いようがないのも事実だ」

 モイーズ伯の言葉は、ぎりぎりである。

 いくら他者に聞かれていないからといって、クロヴィス、レティシアに悪意があったら、王へ密告する口実になりかねないようなことを言う。

 目の前にある蜂蜜酒をちびちびやっているのが、「言いたいこと」とは何かと問い詰められたときに言い逃れるための口実であろう。


 そこにクロヴィスは、モイーズ伯の意図を感じざるをえない。

 モイーズ伯は、自分たちを試し、反応を見ている。おそらくは、無事に国に帰って領地の安堵を確認するまで、モイーズ伯も追い詰められ薄氷を踏む思いなのだろう。だから、それまでの間に、魔法省の魔術師に信頼できるコネを作っておきたいのだ。賭けではあるが、「内心を溢せば共感が得られるやもしれぬ」と。


 レティシアは、他心通の術でモイーズ伯の心が読めているはずだ。なのに、彼女は完全に表情を消している。おそらくは魔術師に必要とされる、「義務と他者への配慮」というものの必要性を噛み締めているのだろう。


 国を出てからのレティシアの顔に、魔素をスポイルする紋様はない。そして、この数日だけで、レティシアの表情は変わった。

 人の心を読む、その辛さは筆舌に尽くし難いものがあるはずだ。紋様を落とした直後の、若い娘の無邪気な笑顔はすでに消え失せた。苦悩か無表情、それが今のレティシアの顔に浮かぶものだった。


 セビエの王は、ゼルンバスの王の要請に逆らわなかった。

 ただ、第二の都市ネイベンに天から大岩が降るにあたり、なにをおいても人命だけは全員助けると宣言したのみである。

 おそらくは、ゼルンバスでの飛竜旅団の出陣準備を、セビエの魔法師の力で知っていたのだろう。にもかかわらず泰然としていたのは、その兵力が自分に向いたものではなく、アニバールへ攻め込むためのものと読み切っていたからかも知れなかった。

 このような王同士の腹の探り合いの苛烈さを、クロヴィスは初めて知ったように思う。そして、レティシアはそれを目の当たりにしたはずだ。


 だから、その王の心の内の一部始終をレティシアは知っているはずなのに、彼女はなにも言わなかった。セビエの王がゼルンバスに害を及ぼす意思があったのであれば、さすがに黙ってはいないだろう。だが、「腹の中でのさまざまな案の検討自体は責められぬ」と思っているのに違いない。

 極端な話、謀反を夢想するのが趣味の忠臣だっているかもしれないのだ。それをいちいち誅していたら、恐怖政治以外の何物でもない。


 つまり、セビエの王もいろいろ考えたにせよ、その決断は、結果としてゼルンバスを害する一歩手前で踏み止まっていたということだ。

 当然のようにそのいろいろな思考の中には、モイーズ伯、クロヴィス、レティシア、全員を殺すという選択肢まで入っていなければ可怪しい。

 その心をそのまま読んでしまった、レティシアの恐怖は想像して余りある。

 クロヴィスは、レティシアの心のありようが崩れてしまわないか、気がかりで仕方なかった。


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あとがき

結局、ベタ惚れなんですw

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