第22話 深夜の密談


 天眼通の魔術師クロヴィスは、他心通レティシアのことを心配し、考えだすときりがなかった。

 モイーズ伯は魔術師ではなく、このような魔術の機微はわからぬであろうし、また立場上頼るわけにもいかない。

 だから、クロヴィスは自分こそがなんとか手を差し伸べねばならぬと思うものの、どうして良いかはまったくわからない。歳はレティシアより2つ程は上のはずなのに、情けないことではある。


 ただ、この数日のレティシアの変化を見ていて、他心通は人の為すべき術ではないとクロヴィスは思わされている。

 王命による、セビエの王の心を読むことだけではない。

 レティシアは美しい。ゆえにレティシアに対して劣情を持つ者もいるだろう。それすらも、日々思い知らされているはずだ。


 クロヴィスは思う。

 せめて自分だけは、レティシアに欲望を持つことはないようにしたい、と。

 そうは言っても情けないことに、相変わらずクロヴィスは、術を使ってさえレティシアの顔をまともに見ることができずにいる。本当なら話しかけ、1日中でも眺めていたい。

 だが、それは叶わぬ願いであるし、そのような願いを自分が持っていること自体が、レティシアにとっては非道な裏切り行為に見えるであろう。

 レティシアに対し、情があるからこそ心の中に防壁を作り、内心であっても汚すことだけは避けねばならぬのだ。



 物思いに耽るクロヴィスを、モイーズ伯の声が現実に引き戻した。

「コリタスの国王には、セビエとは違い、天からの大岩を魔術によって防ぐ手段を提案するのだったな」

「はい。

 いよいよ、魔術師の出番でございます」

 こういう話であれば、迷いはない。クロヴィスの言は、どこか誇らしげになった。

 ここまで良いように敵に先手を取られてきた。だが、ようやく反撃の時が来るのだ。


「まだ仇を取れる時ではないのはわかるが……。

 なんとしても、ニウアの10万人の借りは返さねばならぬ。そして、領民皆々の無念を晴らさねばならぬ!」

 モイーズ伯も、身にまとった茫洋とした雰囲気にそぐわない強い語調となっていた。

 おそらくは、第二の天性ともいうほどに、伯は自分の雰囲気を擬装して生きてきた。それが習慣となって、今の今まで剥き出しの感情の発露を抑えていたのだろう。

 だが、反撃の機会が近くなり、内心で煮えたぎっていたであろう怒りが噴出したのだ。

 

「今回は、コリタスの魔術師と共同の仕事。

 ですが、必ずやニウアの無念をも晴らして見せましょう。そう先の未来ではございませぬ」

 クロヴィスの声も感情を顕わにして、いつになく前向きな返答を返した。


 今回のこと、クロヴィス個人にとっては大きな救いだった。

 陰謀や人の恥部ばかりを覗く仕事を押し付けられて、ひたすらに頑なに生きてきた。才能には義務と他者への配慮が伴うとはいえ、その恥ずべき仕事が、この惑星の人間すべてを救うためのものに変わったのだ。

 これで生気を取り戻さない方がどうかしている。


「良きかな、クロヴィス殿。

 そのときは、大いに溜飲を下げさせてもらおう」

 そう言って、モイーズ伯は蜂蜜酒の盃を空けた。

 機嫌良さそうに見えているが、これも半分は本当でも残りの半分は演技であう。モイーズ伯にとってこの酒の苦味が消えるとき、それは天の敵を下した時のはずなのだ。


「ところで、コリタスの魔術師に提案する手段とは、魔術師でない私が聞いても理解できるものなのか?」

「細かい術式抜きで、お話しいたしましょう。

 天にいる敵に手の内を晒すのを防ぐため、今回は敵からしたら不慮の事態と見えるよう装いまする。

 天眼の術で大岩の位置を確認し、月より内側に入った段階で、その進路に別の岩を地より召喚・派遣魔法にて送り込みます。

 敵から見たら、宙を漂う別の岩に衝突したと見えましょう。

 このような岩は宙に数多くあることから、こちらが手を打ったとは言い切れますまい」

「なるほど」

 モイーズ伯は手の中で空になった盃を転がしながら、さらにクロヴィスに問う。


「召喚・派遣魔法にて送り込んだ岩が、外れたらどうする?

 よくはわからんが、空のさらにその先のことゆえ、途方もなく広い空間なのであろう?

 そこで2つの岩を衝突させるなど、針の先と針の先を合わせるようなものなのではないか?」

「その心配には及びませぬ。

 現に、王都と手紙の遣り取りをするにあたり、通信用の袋の外側に手紙が届いたことはないではございませぬか。

 魔術師は派遣するにあたり、その場所を思考内で明確に姿作り、そこに送るのでございます。百発百中、1つとして外しませぬ」

「なるほど、これは心強い」

 思わず、モイーズ伯は唸った。


 レティシアも目を瞠っているあたり、天眼の術と召喚・派遣の術の連携の精度については知らなかったに違いない。

 詳細な術式を心得ているクロヴィスからすれば、天眼通の術と召喚・派遣の術で山に穴を穿ち、通り抜ける道を作ることすら可能なのだから、天で石をはじいて遊ぶなど朝飯前である。


「だが最終的には、果たして敵が、こちらの思惑通りに思い込んでくれるかだな」

「まぁ、どちらに転んでも、我が王には次の手があるのでございましょう」

 クロヴィスの言に、伯は頷く。

 セビエへの宣戦布告の脅しの裏に、アニバールの王族鏖しの計画が隠されていた。このような王が、二の手三の手を考えていないはずがない。

 あの王が他国の王でなくてよかったと、今は心底思う。


 アニバールの王に生き延びるための正しい解があったとすれば、ニウアに天の大岩が落ちて領民10万が街ごと蒸発したという知らせが入ったと同時に、ゼルンバスに攻め込むしかなかったのだ。


 ただ、それはすぐに始まる天にいる敵との戦いの最前列に立つということであり、この惑星全体の王として全責を負うということである。討ち取られた方が楽だったかも知れぬ、茨の道ではあるのだが……。



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あとがき

好きだからこそ、距離をおく。

ありがちですが、悲しい……

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