第20話 アーヴァー級宇宙戦艦、操艦艦橋


「蛮族めらが……」

 アーヴァー級宇宙戦艦の操艦艦橋艦長席で、報告書に目を通した副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートは吐き捨てていた。

 偵察衛星から分離したドローン10機は、王都での虐殺行為のすべてを記録していた。

 王宮室内こそ直接的な動画は撮れなかったものの、さまざまな透過線から情報を再構成し、おぼろげでもなにが行われたかは判明している。


 さらに、翼を持つ獣が飛び去った後も王宮の監視を続けたことで、その情報の裏打ちもされた。

 彼らがやったことは、端的に言って皆殺しである。

 それは赤子から妊婦、老人まで殺す、徹底したものだった。

 ドローンから送られてくる映像には、ぞくぞくと王宮から運び出される死体が記録されていた。死体袋などない世界では、その損壊の激しさは一目瞭然だった。そして、それを見続けた情報分析士官が、口を押さえてトイレに駆け込む事態となっていた。

 その後の数時間のうちに、艦内酒保とカウンセリングの予約が埋まり尽くしたのは言うまでもない。


「我らとて変わらん」

 艦長席の後ろから声が掛かる。

 バンレートは振り返らずとも声の主がわかる。総作戦司令のダコールが、ぶらりと操艦艦橋に入ってきたのだ。

 おそらくは報告を見たのだろう。


「主砲で敵艦を2艦も撃破すれば、それだけであの王宮よりも遥かに多くの人命を、より惨たらしく奪うことになる。回収すらできんしな。

 そもそも、我らはすでにあの星の者たちを10万ほど滅している」

「総司令におかれましては、口を慎んでいただきたい」

 バンレートの苦言に、ダコールは会釈程度といえど頭を下げた。それが真実であれ不適切な発言であることは間違いないし、その自覚はあったのだろう。


 こちらが敵を殺せば英雄行為、敵がこちらを殺せば許されぬ残虐行為、その二重規範ダブルスタンダードは戦場の常だ。そのことについてとやかく言うほど2人は青くはない。

 そして、艦隊戦の第2戦術戦闘艦橋C.I.C.であればともかく、ここ操艦艦橋ではバンレートの権限の方が上司のダコールのそれを上回っている。

 

「ただな、政治的意義を考えると、敵の王は恐ろしい相手だ。それが言いたかったんだ」

 重ねてのダコールの言に、バンレートは頷く。

 一見してどちらの行為も残虐行為ではあるが、その戦略的意義は共に大きい。未来において、さらに大きな人的損失を抑えるためという目的も共通する。

 そして、総作戦司令のダコールは、真っ先にそのようなことを考えるように訓練されている。これは、バンレートの及ばぬところだ。


 wウイスキー1とコードを付けられた戦団は、兵士の数も翼の獣の数も、1つたりとも減らさぬままに悠々と帰還していった。作戦に要した時間も、1時間を切っている。まさに絵に描いたような電撃戦と言っていい。

 この結果、もはやあの惑星で、最大版図の王に逆らえる王は一人としていなくなるだろう。いつでもその首を狩れるという無言の脅しは、実行力を伴っている。

 その事実に裏打ちされた恐怖は、すべての王を縛るだろう。


 作戦というものは、効率よく味方を殺すことで敵をさらに殺すという側面がある。ゆえに、自由に味方を殺せる権限を得た相手は恐ろしい。

 敵の王は、それをも理解していないはずがない。

 

「副作戦司令。

 それでだが、小惑星爆弾の4弾目、目的地を変えたいのだが……」

「こちらに来られた本題は、それでしょうか?」

 バンレートは丁寧な口調で聞き返す。

 総司令としての話であれば、ダコールの命令には絶対服従である。戦術的には慎重が過ぎるとは思っていても、その戦略眼には一目も二目も置いているバンレートなのである。


「そうだ。

 最終の5弾目を最大版図の王都に落とす予定であったが、早めておきたい。

 敵王は、惑星の王権の統一がなれば、我が艦隊にも対抗しうると考えているらしい。ならば早いところで、その依る力について見せてもらおうではないか。

 なので、第2戦術戦闘艦橋C.I.C.に要員を集めてもらいたい」

「了解。

 では、1時間後ではいかがでしょうか?」

「結構だ」

 ダコールの口調は、普段とまったく変わらない。


 だが、バンレートにはわかっていることかある。

 これからのダコールの作戦は、辛辣極まりないものとなるだろう。敵を同等の者と認めた以上、これからの指し手は一切の揺るぎなきものとなる。

 バンレートはその確実な予感に、自らの矜持に反して首筋が震えるのを感じていた。



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あとがき

こちらが敵を殺せば英雄行為、敵がこちらを殺せば許されぬ残虐行為。

この建前は、永遠に変わらないのでしょうね。

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