第19話 国家公認魔術師の回廊
魔法省の長、フォスティーヌの声が響く。
「リゼットよ。
かつて、お前が天耳の術に才を認められたとき、私は問うた。
『親なきお前は、治癒魔法の使い手としてどこかの村で平穏に暮らす道もある。だが、天耳の術を活かし、魔法省の国家公認魔術師として生きるのは茨の道。どちらを選ぶのか?』と。
リゼットよ。
お前が選んだのは茨の道だった。忘れたとは言わせない。だから、親のいないお前を我が家に引き取ったのだ。
そして、その才がお前を増長させたようだ。
お前に今、再度問う。
この場で死ぬか?
それとも、天耳通の術とともに魔法省の国家公認魔術師の回廊を進むか?
どちらか選ぶがよい」
そう言って、フォスティーヌが人指し指を立て、「ツァースト」と小さく唱えると、リゼットに噛まされていた猿轡がばらばらに引き裂かれて床に落ちた。
リゼットの目は、先ほどと打って変わって弱々しい。
フォスティーヌとは、魔術師としての格が違いすぎた。一つ秀でたものがあるだけの自分では、とても対抗できない。その絶対的強者が、今、死の選択を迫ってきている。
「……治癒魔法の使い手として、どこかの村で平穏に暮らすというのは?」
これは、リゼットのせめてもの抵抗だっただろう。
だが、その抵抗はあっさりと粉砕された。
「今さらそのような道、あろうはずがないではないか。
お前自身、今の幼子の最期を耳に残したままでは、もはやそのような道は歩めぬのはわかっておろう?
天耳通としての覚悟がないなら、この場で楽になるが良い。
引導はこのフォスティーヌが渡そう」
がくりと首を垂れたリゼットに対し、フォスティーヌは眦を決し、呪文の詠唱を始めた。
荒ぶる美神のようなその姿に、誰もが視線を貼りつかせたまま止めることもできない。
フォスティーヌの呪文詠唱は続いている。
体温が急激に下る中、リゼットは呟いた。
「衰死の術をお使いとは……。
苦痛なき死を賜るとは、先ほどの子たちよりも私は恵まれているのですね。
アベル様。
ものを知らなかったとはいえ、私の数々の無礼、どうかお許しを。
……。
……。
……。
……ママ」
親なきリゼットは、心の奥に両親への慕情を隠し持っていたのかもしれない。
最後に母親を呼び、目を瞑ったリゼットの眦から涙が一筋流れ、流れ落ちることなく途中で凍りついた。
リゼットの身体は体温を失い、今やその生命の炎は尽きようとしていた。
そこへ……。
「フォスティーヌ様。
このアベル、己の過失にて弟子のクロヴィスを失い、本来なら謹慎せねばならぬ身。
されど、失いし命は戻らぬゆえ、今、願いたてまつります。
天耳通リゼットを我が弟子として迎え入れたく、伏して願いたてまつります。なにとぞ、お許しを」
天眼通アベルは、フォスティーヌとリゼットの間に入り、片膝を床についた。
「これは罰ではない。許すも許さぬもない。
楽になりたいという望みを叶えているだけなのだが、アベル、これはどのような所存か?
そもそも天眼通の術のお前が、なぜ天耳の弟子を持つのか?」
フォスティーヌの口調は厳しい。
「一時の絶望で死を望むは、若き時には往々にしてあること。
万度その望みを叶えていたら、世に次の世代は育ちませぬ。このような経験を積んでこそ、人はしぶとく生きようと思うものにて、なにとぞご寛恕を……」
「じゃじゃ馬を好んで弟子とするか?」
「『新たなる弟子を育てよ』、これは王命にございます。
そしてクロヴィスとて、あれでなかなかにやんちゃでございました。
このような非才の身であっても、天眼天耳の差を超えて、身を粛することは教えられると思うゆえ……」
アベルの言にフォスティーヌは虚を突かれ、返答できずに間が空いた。
クロヴィスの堅物ぶりは、魔法省内でも知れ渡っている。アベルの嘘は下手などというレベルではない。法螺、出任せ以下である。それこそ、魔法省の職員全員が、色めき立って今の言を否定するであろう。
「……そうか。
それは知らなかった。ああ、魔法省の長の私とて、まったく知らなかったな。
で、アベル、リゼットのことにつき、責任は負えるのか?」
毒気を抜かれた顔でフォスティーヌが聞く。
内心で、「クロヴィスこそいい面の皮だ」と思いながらである。
「もはや羽根より軽き我が命なれど、その身命を賭して」
「その方に預けたとて、すぐに自死するやもしれぬぞ?」
「その時はその時のこと。
それまでの命数だったのでございましょう」
「なら、好きにいたせ。
そのことについては、責は問わぬ。
ただ、救命が間に合うかは、はや五分五分ぞ」
「ここで死なせはいたしませぬ」
アベルがリゼットの命を救うというのであれば、リゼットは一命を取り留めよう。天眼通の術を能くするほどの才能である。基本の
そしてフォスティーヌは、一つの才能を失わずに済んだことを密かに安堵していた。
そして、アベルは大切なことを伝えてくれよう。才能には、義務と他者への配慮が伴う。それを知り尽くしているアベルであれば、自らの生き方を通してリゼットを真の魔術師としてくれるはずである。
いつの日か、リゼットを実の娘のレティシアとともに
自分が寡婦であることから、父役がいなかった。知らず識らずに、娘に厳とした生き方を見せられなかったのかもしれぬ。
アベルが
願わくば、リゼットにも良き生を、と願いながら。
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あとがき
そのうち、旦那が死んだ理由も書こうかと思います……
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