第18話 義による誅殺


 アベルが苛立たしさを隠そうともしない態度で、リゼットに指示を出す。

「旅団長の声の下、足元床下に耳を澄ませてくれ。

 魔素が通らない場所があって、見えない」

「そーなんですかー?

 天眼は制限多くて大変ですよねー。

 実は見えないんじゃなくて、見たくないんでしょ?」

 小馬鹿にしたような口調で、リゼットはアベルに返事をする。


 魔素を地に落とす結界を張れば、魔術による侵入は不可能だ。だが、結界を張った部屋の中は見れなくても、音は漏れ出てくる。結界の外からそれを聞くこと自体は、なんの問題もないのだ。その一点では、天耳通の術は天眼の術に勝る。


「旅団長の足の下、隠し部屋がありますねー。

 ふふっ。怯えてる、怯えてる。

 息を殺しているけど、殺しきれていないし、心臓の音も漏れてくるくらいどきどきしてますね」

 リゼットの言葉は、そのままアニバールの旅団長に伝えられた。


 隠し部屋がある。そしてその場所もわかった。となれば、もはや逃がしはしない。部屋の扉を開けるからくりがあるのだろうが、そんなことは仔細構わず、凄まじい音とともに床板が引き剥がされた。

 そこには、幼い兄妹が抱き合っていた。兄とて5歳くらいだろうか。


 完全武装し、返り血にまみれた兵たちに囲まれ、幼いながらも自分の運命を悟ったのだろう。兄は妹を背に庇い、立ち上がった。

 だが……。立ち上がらない方が良かった。


「……父上」

 そう呟いた兄の目には、転がる父王の生首が映っていた。

「父上がいるの?」

 妹も立ち上がろうとし、次の瞬間、兄の首が後ろから振るわれた剣によって刎ね飛ばされた。そして、兄が肩までの身長になったことに、妹の驚きが表情になる前に、その首も床に落ちた。

 さすがに、旅団長も幼児相手には、剣を振り切れなかったのだ。


 荒い息とともに、旅団長は剣を拭い鞘に収めた。子供といえど、王の血筋を生かしておくとどうなるかは、やはり王家に使える軍人として知り尽くしている。

 歴史上、情けをかけられた王家の生き残りの幼児が、長じて復讐を果たした例は数限りなくある。だからこのような場合、本来なら処刑場で衆人環視の中で磔にするのが筋なのだ。たとえ、相手が乳飲み子であってもである。

 征服であれば、血筋が絶えた証明が必要なのである。


 今回は、征服ではない。ゼルンバスはアニバールを誅殺したのである。

 だが、いくら王命による誅殺とはいえ、こんな悪業を積むようなことは部下にはさせられぬ。

 軍人としての行為を逸脱した業を背負うのは、自分だけでいい。いや、副旅団長とて、13歳の子供を殺しているはず。

 2人で地獄行きだ。仕方なかろう。



 討ち取ったアニバールの王族、そして王族と疑わしき者の片耳は、兵たちによってすべて切り取って集められた。

 持ち主を突き止める魔術で、身元はいつでも証明できる。

 これで、ほとぼりが冷めた頃に偽者が出てくることもない。


 旅団長は、玉座のクッションの隙間に、用意された数枚の紙を挟み込む。

 生き残ったアニバールの行政機関は、ここでおきたすべてを知ることができよう。その上で、アニバールの王が、他の星からの来訪者にこの惑星の民の命を差し出し、自らは保身しようとしていたこの証拠書類を見つけるだろう。

 したがって、ゼルンバスは義によってアニバールを討ったのである。


 その結果、内乱に陥るもよし、ゼルンバス王国の属州として生き延びるもよし。ただ、あまりにのろのろしていると、周囲の国から領土を切り取られ放題となるだろう。だが、これは旅団長が考える必要のないことだ。


 ゼルンバスの王は、ロベール公爵あたりの兵を国境に張り付かせ、念を入れるだろう。残されたアニバールの民は、雪崩を打ってロベール公爵に助けを求めるかもしれない。「あの」アニバールの生き残りの民というだけで、この星の裏切り者として1000年は迫害されるかもしれないからだ。

 これもまた、旅団長が考える必要のないことである。



「即時撤収。

 別行動の両隊とは、このまま上空で合流する!」

 舞い上がってしまえば、通常の陸海軍から攻められることはない。

 追ってくるとすれば王都外からの翼竜ワイバーンの部隊だが、それも高度が高い方が有利である。早く飛び立ってしまうに越したことはないのだ。

 王宮にいた魔術師もすべて殺してしまった今、ゼルンバスの飛竜旅団を攻める者はいないはずだが、旅団長はどこまでも用心深かった。



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 大将軍フィリベールの将軍府では、半狂乱となった天耳通リゼットを抑え込むのに大騒ぎとなっていた。10歳ほどの女の子であっても、完全に自制を失った人間を抑え込むのには、軍属の青年男性5人が必要だった。


「なんで幼い子供まで殺すのよっ!

 なんで、そんなことを私に手伝わせたのよっ!

 こんなことなら、協力なんかしなかった!

 お前たちは、悪魔だ!

 私まで悪魔にしたんだっ!!」

 そう身を捩り叫んでいるリゼットを、軍属たちは引っかかれ、蹴られ、噛みつかれながらも縛り上げた。


 魔法を使って抵抗しようとするのには、アベルが的確に封じ込め、詠唱を防ぐために猿轡までが噛まされた。

 なおも涙を振り撒き藻掻くリゼットの前に、いつの間にかこの場に現れた魔法省のフォスティーヌが立っていた。


 フォスティーヌは軍属たちに命じる。

「この娘を立たせなさい。

 抵抗はさせないから、安心なさい」

 リゼットを引き立てる軍属たちの扱いが、手荒になるのは仕方のないことだっただろう。今も、顔の引っかき傷から血が滴っている者もいるのだ。

 もっともその者たちは、次の瞬間にはフォスティーヌの治癒魔法ヒーリングによって治療されたのだが。


「リゼット。

 その方に、魔法省の責任者として問う。心して答えよ」

 フォスティーヌの声は、相手が10歳であってもどこまでも厳しかった。



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あとがき

工作もきっちり欠かしません……

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