第15話 飛竜旅団、長駆す


 ここは、大将軍フィリベールの将軍府。

 元帥まで至らなくても、他の将軍を圧する立場にいることで、フィリベールは自らの行政府を持たされていた。

 今は、ゼルンバス王国の最高の部隊、翼竜ワイバーンの飛竜旅団の作戦行動中であることから、平時は大会議室として使われていた部屋は、想定されていたとおりに作戦司令部と化し各情報が集中し運用指揮されている。

 大会議室は魔素による照明で夜を徹して明るく、100人ほどの軍人、軍属、さらには内務省、財務省、魔法省、外務省からの出向者もいて、秩序と雑然さが混在している。

 さらには王の甥のコランタン伯の姿も見え、王統府との連絡役を買ってでていた。

 当然、天眼通の魔術師アベルの姿もそこにある。


 彼は天眼通の魔術者としては珍しく、天を仰いでいる。全天偵察など、今まで例はない。本来この術はどこを向いていても使えるのだが、あまりに遠距離を見る場合、肉体と連動させた方が楽に術を使えるのだ。要は、気持ちの問題である。

「これは……。動いてくれてありがたい。

 おかげで見つけられた。

 こちらを追う監視の……、目を持つからくりですね、これは。

 上空、星の領域に留まっていますが、それが今、分裂して10個が飛竜旅団に向かっています」

 アベルは大会議室の天井越しに天の一点を見つめている。


「武装は?」

 大将軍フィリベールの問いは短い。

「ありません。

 武器らしい武器は見えず。

 飛ぶためのからくりと、そのからくりを動かすための仕掛け、それから目しかないようです」

 剣も槍も、矢も見えぬ。

 魔素で動く、魔術の武器も見えない。


「からくりということは、それは魔素によって動いているものではないのだな?」

「はい。

 魔素で動いているのであれば、他に生命なき空間、私とてもっと早く見つけております。からくりゆえ宙を漂う小岩と変わりなく、ここまで掛かってしまいました……」

 アベルの返事に、フィリベールは一瞬考え込んだ。


 敵は魔術を使いこなし、魔素の制御も知り尽くしていて、こちらにその動きを悟られないためにからくりを使っているのかもしれぬ。

 逆に、敵は魔素を知らず、魔術も使えず、魔法の理論も構築できていないがゆえにからくりに頼っているのかもしれぬ。

 その2つの可能性のどちらが正しいか、フィリベールに判断する材料はない。


 また、徹底してからくりに頼っているとなると、武器を持っていないというのも油断はできない。こちらとは常識が異なることが予想できるし、そもそもそのからくり自体に体当たりさせるという手もあるのだ。


「そのからくりは、見たものをどのように伝えているか、アベル殿の力で見て取れるか?」

「まったくわかりませぬ。

 複雑に絡み合った銅や礬素ばんそ(アルミ)が見え、それがなにやら光を発しているようなのですが、もしかしたらそれが符号として見たものを伝えているのやもしれませぬ。

 ……やはり、そこに魔素は見えませぬ」

 アベルが再確認して見えないとなると、やはり魔素は使われていないのだろう。


「アベル殿。

 キャップを用意させているから、老婆心ながら魔素切れにご注意あれ。

 アベル殿の目を失ったら、ゼルンバス王国軍は戦えぬ」

「お心遣い、感謝の極み。

 では……」

 大将軍フィリベールの合図で、軍属の青年が2人がかりで金の配線が出ているキャップを持ってきた。これはこの国に残ったわずか20個の、魔素が充填されたキャップのうちの1つである。

 これを製作するのに必要なのは大量の金。したがって、ゼルンバス王国といえど、おいそれと大量生産できない。

 アベルは天の一点を見つめたまま、左手を伸ばし、その線に触れた。

 これで再びアベルは、これから半日はその術を維持していられる。


 もっとも、アベルはゼルンバス王国の都市ニウアが住民ごと蒸発してから、一睡もしていない。すでに2回の治癒魔法ヒーリングで切り抜けているものの、魔術師とて人間、限界はある。

 5回を越えると治癒魔法ヒーリングにも無理が来る。そろそろまともに休息の時間を取らないと、頓死する恐れもあった。

 

「天耳通リゼット殿。

 アベル殿の言うからくりから、なにか聞こえては来ぬか?」

「いえー、ぜんぜんー」

 リゼットは栗色の編んだ髪を揺らし、フィリベールに無愛想に答える。


 その無愛想さが許されているのは、彼女がまだ10歳だからだ。デビュタント・ボール初めての舞踏会以降であれば大人、このような非礼、許されることではない。

 それに、これから、彼女は一生忘れられないであろう酷な経験をする可能性がある。フィリベールとしては、今から叱りつけて萎縮させるわけにはいかなかった。

 彼女は、この星の裏側の音すら聞き分ける魔術の使い手なのだから。



「分裂した10個の飛行物体、上空から飛竜旅団を取り巻くように移動中」

「回る羽根により飛んでいるみたいでー、その音は聞こえますけどー、それだけー」

 天眼アベルと天耳通リゼットが報告する。


 どうやら目的は飛竜旅団の偵察のようだと、大将軍フィリベールは思った。

 これらはこの星の地表で起きていることで、遠い星々の世界で起きていることではない。対処は容易にできる。召喚して取り込んでもいいし、石でも派遣して撃ち落としてもいい。どちらも、そう魔素を使わなくて済む。

 だが……。

 敵が魔素というものを理解していない可能性がある以上、手の内を明かすのはできるだけ先のこととしたい。


 それより先に考えねばならぬのは、そもそも見られて問題があるか、だ。

 逆にだが、見られていいものなら、見せてやればいい。そして、見せて良いように作戦を変える選択肢もある。

 作戦自体は中止できないのだから。


 飛竜旅団の制式装備は、軽量化された革鎧と、魔素を充填して魔法効果を撃ち出す魔素笛ピーシュ、それとサブウエポンの肉厚の長剣である。

 魔素笛ピーシュには、撃ち出す魔素の指向性を高めるための尖った金の棒が付いているが、この中には鉄芯が入っていて、いくらかはこれも手槍にして戦うことができる。

 あとは飛竜の首にかける竜嚢には、魔素笛ピーシュ用の小型キャップと食料、水が入っている。


 すでに、竜嚢の膨らみ具合から、短期決戦の作戦だということはバレている。

 飛竜旅団の飛ぶ方向と装備から、作戦内容も読まれているだろう。

 となると、誤魔化せる手は一つしかなかった。



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あとがき

いよいよ戦闘に入ります。

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