第14話 監視強化
「ともかく……」
今度はダコールが呟くように話しだした。
「この惑星の上層部は、我々と同等のゲームができる相手ということだ。
科学力の優位から我々が負けることはないだろうが、今回は完全に1本取られた。
この鏖殺作戦が失敗した方が我々にとってはありがたいが、今から艦隊を出して介入しようにも、飛び立つのには数時間は掛かる。そのあと亜光速で飛んでも、さらに一時間。これでは介入には間に合わない。恒星内惑星系内ではワープもできないしな。
そして……。
この攻撃側の王は、我々の存在まで考慮に入れてこの作戦を立てたということを、私は憂慮する。指揮権の統一ができれば、小惑星落下に対抗できる見込みがあるということだ」
「獣を調教して乗用に使っているような連中が、我々の作戦に対抗……、ですか?
さすがにそれは……」
バンレートの声には、疑いの色が生じた。
これは、オペレーター士官たちの内心の声を代弁したのだ。
「忘れてはならない。
文明の高度さによる有利が、戦場でひっくり返された例などいくらでもある。
ただでさえ正体不明、かつ未開ではない相手なのだからな」
「なるほど」
頷きは深い。
これは、オペレーター士官たちが、「ダコールの想像は妄想の域まで行っている」と感じているかもしれないのを打ち消すためだ。
「ともかく副司令、貴官の『獣を調教して乗用に使っているような連中』という観察はもっともだが、相手の持つ可能性を考慮せず作戦立案するのは愚かなことだと私は思う。
備えが無駄になっても笑えばいい。
だが、いざという時に備えがないのは情けないものだ」
「肝に銘じます」
ここでダコールは、バンレートの目を正面から覗き込んだ。
バンレートも正面から見つめ返す。
「少なくとも、他の星や、我が星の発展過程とは異なるエネルギー収支を持つ星だ。だが、エネルギー収支の誤差に、どれほどのテクノロジーが隠れていたとしても、空間跳躍たるワープを可能にするエネルギーの100万分の1程度に過ぎない。つまり勝敗は確実に決まっている。
ゆえに無理をする必要はまったくない。
敵の実力を最大に想定し、自ら冒険的不確実性を求めるな。
敗北と兵士の死は現実なのだ」
「仰るとおりです」
そう答えるバンレートから、ダコールは視線を外した。
バンレートは、ダコールの指揮を士官たちが全員理解できているかを危惧している。
総作戦司令ダコールの戦法論は、「確実に布石を固めてから決戦に持ち込む」というものだ。相手との科学力の差が優位であったとしても、それは一点一画変わらない。
そして、ダコールは確実なる不敗の将である。職能上から指揮権を得た後の戦歴に、勝利を得られなかったことはあれども敗北の二文字はない。だが、その着実さが、従う部下からしたら「つまらない」と感じさせるのもまたやむをえないことだった。
なにしろ、ダコール指揮下では、戦っている実感が湧かないのだ。
高揚もなければ、危機もない。
焦ることもなければ、特段の緊張感もない。
ただただダコールの命令を、たんたんと事務員のようにこなしていたらいつの間にか勝っていたという、謎の割り切れない感覚だけが残る。
それはダコールの先を読む能力と事前準備の能力の高さを示すものだったが、それを一番理解していないのは部下たちだったかもしれなかった。
特に、バンレートがそれに気が付かされたのは、艦載空間戦闘機のパイロットたちからの抗議である。
彼らの損耗率は他の方面艦隊に比して極端に低く、空戦の現場を与えてもらえていないという不満が蓄積していた。
ダコールからしてみれば、50人もの労働者の生涯賃金に等しい額の艦載空間戦闘機を、たった1人のパイロットという「人間」に任せ、あとは練度を信じて確率に任せるなど、よほどの必然がない限りできはしない。
しかもそのパイロットの養成には、100人もの労働者の生涯賃金に等しい額が必要なのだ。
つまり、ダコールの判断としては、艦載空間戦闘機を群として運用するには、それ以上の見返りがある作戦でなければならなかった。5000人もの労働者の生涯賃金以上の額を掛け、100人の労働者の生涯賃金相当のものを破壊するのでは割に合わない。これでは実質的に敗北である。
ペイする作戦目標があれば、躊躇いはない。だが、それほどの目標はそうあろうはずもない。それに、そもそもそれだけあれば、艦隊戦力の中心であるグロス級宇宙戦艦が賄えるのだ。
パイロットたちは若く、血気に逸るあまり自分たちの価値をわかっていない。
末端の兵はともかく、パイロットは士官である。士官がそれでは困る。
そこから、ダコールとバンレートの教育は始まったのだが、その結果、士官たちの沈着なモチベーションは確実に上がった。
彼らの思考の足が、地に着いたのである。
「確実な勝負をお望みであれば、今からでも中性子爆弾を使用しますか?」
バンレートがそう聞いたのは、上司の慎重さへの確認の気持ちからだったかもしれない。
中性子爆弾であれば、建物に被害を出さずに生き物のみ鏖殺できる。作戦を立てる上で、敵対する相手が消滅してしまうのだから、これ以上確実な作戦はない。
「それは、3弾目から最終の5弾目までの顛末を見てから決める。
彼らがどのような方法でこれらに対抗するか、見極めてからでも遅くない。でないと、中性子爆弾も対象の頭上にたどり着けない可能性がある。
滅殺兵器は、確実に使いたい」
「まさか、連中が大気圏外まで制空力を行使できるとは思えませんが……」
と答えるバンレートは、さすがにダコールの危惧が一部で当たっていることなど知る由もなかった。
「とにかく、引き続き、あの羽の生えた獣に乗った部隊の動向を追い、見届けろ」
「了解。
対象を
衛星軌道を補正し、追尾します」
「偵察衛星に加え、搭載ドローンも使え。
あの部隊の戦果を、正確に読み取る必要がある」
「了解」
その声とともに、偵察衛星から10機のドローンが切り離された。各ドローンは数機ずつで編隊を組み、大気圏に降下していった。
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あとがき
次話、飛竜旅団、長駆す
に、続きます。
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