第14話




 例えば、生活にゆとりのある暮らしの中で産声を上げたとしても。

 一度味わってしまえば。味わった感覚が消えなければ。消そうとしなければ。

 環境はたいして関係ないのではないだろうか。

 悪人は悪人のまま。

 人を陥れては愉悦を感じ続ける。

 生きていると実感し続ける。











「莫迦だな、おまえは」


 調印式当日。

 周囲に建物や高い木など人を隠れさせるものがない平原にて。

 第二王子の暁と八雲家当主が、純白の木で作られたラウンドテーブルを挟んで、同じ木で作られた椅子に座り向かい合っていた。




 第二王子である暁のいる国『雨水』と敵対国である『寒露』。

 この二か国は長年武力闘争が続いていたが、この度の和平協定が結ばれれば永久に武力闘争を禁止し、平和が訪れるようになる。


 この和平協定締結に尽力したのが、暁と八雲家当主であった。

『寒露』の第二王子であった八雲家当主は、幼い頃に先代の八雲家当主に薬草栽培の才能を見出されて八雲家に養子に出されていたが、この度の和平協定締結の為に二国間の橋渡し役を見事果たしたとして、この場に座る事を許されたのであった。


 これで平和な日々が過ごす事ができる。

 誰もが胸を熱くさせた。

 これで争いの中で誰も死ななくて済む。

 胸を張り裂ける思いをしなくて済む。

 見える血も見えない血も流さなくて済む。

 誰もが。





 誰が信じられようか。

 立会人が列席し、警官が警備するこの日が高く昇る調印式の場で、和平協定に書名をしようとする当人が。

 八雲家当主が第二王子を殺害しようとするなど。

 誰が。





「莫迦だな、おまえは」

「はい」


 八雲家当主の養女として、立会人の席に座っていた舞春は、ボスでもある八雲家当主と同様に口から血を流していた。

 暁を倒す為にと八雲家当主に願い出ていた大量の薬物接種により身体が悲鳴を上げ始めた事に加え、八雲家当主の命令により薬物が舞春の命を削り出したのだ。

 急速に。

 けれど八雲家当主の背後に居た舞春は、平然とした態度を変えずにラウンドテーブルに叩きつけては抑え込んでいた手からナイフを奪い取ると、素早く背中に回した両手を片手で押さえ、もう片手で首元を押さえ込み、強引に曲げさせた膝を地面につけさせて跪座の形を取らせ、八雲家当主の動きを封じ、暁を見た。


「牢屋に入れるまで、私がこの方を押さえます」

「しかしっ早く」


 治療を。

 やおら言葉を飲み込んだ暁は舌打ちをしては、腰を下ろし八雲家当主を真っすぐに捉えた。八雲家当主はすました顔で暁の視線を真っ向から受けた。


「どうにかしろ」

「黙秘だ」

「彼女を治す方法を教えろ」

「黙秘だ」

「きさ「暁様。どうぞこの場の収拾を最優先にしてください」

「舞春!」


(ああ。結局。今回も)


「ご安心ください。司法に裁かれるまでは死にません」


 舞春は感情を排した表情でそう告げると、警官の指示に従って八雲家当主を連れて行くのであった。











(2023.4.18)



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