第15話




 薬物の効果だろう。

 舞春が八雲家当主の手をラウンドテーブルに叩きつけられるまで、何が起こったのか誰もわからなかった。その手に握られたナイフを視認するまで誰も。

 それほどまでに、刹那の出来事だったのだ。

 意味がわからなかったに違いない。

 八雲家当主の手には確かに万年筆が握られていたのだ。

 今まさに書名しようとする時だったのだ。

 舞春が居なければ、暁は殺されていたのだ。


 何故暁を殺害しようとしたのか。

 八雲家当主は黙秘を続けている。

 すました顔をしてずっと。


 調印式をぶち壊したかったのだろう。

 理由は利益。

 暗殺を依頼した者から受け取る法外な報酬、武力闘争時には認められていた恐怖感を拭い去り高揚感を与える薬物や、攻撃の為の毒薬、戦闘員の治療薬など様々な利益を失いたくなかったのだろう。

 上から命じられて渋々橋渡し役を演じていたが、実際に調印式に立った時やはり財が惜しくなって急襲した。と。

 けれど、それだけではないように思える。

 それだけでは。





 舞春は言葉通り、八雲家当主を牢屋に入れるまで押さえ込み続けて、牢屋の施錠が完了した瞬間、その場に倒れたと報告を受けた。





 舞春は暁を助けた英雄として、また、平和を願う女神として両国の民衆から称えられて、一時は『寒露』が信じられないと頓挫しそうになった和平協定締結への大きな後押しになった。





「無事に調停式を終えた」


 暁は舞春に報告した。

 晴れやかな日であった。

 温かくも、ほのかに冷風が流れる日であった。











(2023.4.18)



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